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「うあぁっ!」 この間抜けな悲鳴が誰のものか。時間帯は早朝。場所は俺の部屋である。となると俺しかいない。しかし情けないと思うことなかれ。誰だって目が覚めた時に、半透明の人間がいたらびっくりするだろう?今日は妹が起こしにやってくるだろう時間より、つまり、いつもよりも早く目が覚めた。俺が目を開けたときに最初に見たものは、幽霊だった。 幾分か冷静さを取り戻してみると、幽霊の姿が馴染み深いものだと気づいた。 「スタプラ…?」 そう。その姿は、とある漫画のキャラクターそのままだった。原住民を連想させる筋骨隆々な姿。明らかに人間とはかけ離れた、薄く青い肌。そして俺を見据える真っ直ぐな眼は、漫画で見た「星の白金」そのままだった。…いよいよ、ハルヒパワーは俺にまで及んできたようだ。まさか俺がスタンドを持つことになるとは…。どうせならハーヴェストみたいなのが便利だなー、と日ごろから思っていたのだが。まあなんだかんだで厄介ごとには慣れている。とりあえず学校に行って古泉あたりにも聞こう。やれや… 『君のおっっぱいはっせっかいいち!』 突然携帯が鳴り出した。というか着信音が変わってやがる!…古泉に会う理由がもう一つ増えたようだ。さて、こんな時間帯にかけてくる人物は一人しかいないわけで。 「案の定かよ…」 ディスプレイ表示されているのは、ご存知、涼官ハルヒ。SOS団の団長様である。 「なんだ…朝っぱらから」 「ちょっと!私!超能力者になった!学校!来い!」 日本語を覚えたてのインド人のほうが、まだうまく話せるだろう。が、俺だって前述のとうり厄介慣れはしているんだ。どうやらこの様子だと、俺と同じ――つまり、こいつも『スタンド使い』のようだ。 「そんな事どうでも良いの!早く来いっていってんのよ!?」 「わかったよ!すぐ行く!」 さて家族たちが眼を覚まさぬ中、俺はひっそりとトーストを食べながら、これからの日々に不安と期待を抱くのであった。 やはり早朝というものは気分がいい。だからといって、これから起床時間を早めようとは思わないのだが。 俺はどちらかといえば、特別な力を持つ者の、補助的な位置が良いと言った(思った?)記憶がある。しかし、それが超能力が要らない、と繋がるわけでもない。「スタンド使いになりたい」という願いが一般的ではないにしろ、超能力をほしいと思う事は誰にでもあるだろう。俺はその願いを叶えてしまったのだ。正確には叶えられた、というのが正しいのだが。気分が良いに決まっているだろう?ああ、もちろん性的な意味でスタンドは使わないぜ?…そういった意味なら『メタリカ』のほうが良かったか。いまいち日常生活では役立ちそうにない『星の白金』を眺め、考える。 ようやく学校までたどり着く。こんな時間に来るのは熱心に部活動に打ち込むもの。もしくは只の馬鹿。それぐらいしかない。そのどちらでもない俺は(特に後者は違うと願いたい)ハルヒの靴を確認し…まあお決まりの部室棟へと向かった。 「遅い!」 文芸部…の物だったドアを開けた俺は、本人の確認もされず、いきなり罵声を浴びせられる。呼び出した張本人は、ホームポジションにどっかりと座っている。というか俺じゃなかったらどうするんだ。 「だってあんたしか呼んでないもん」 「ほかの皆は?」 「だってあんたに最初に見てほしかっ……なんでもないっ!」 あー、ゴニョゴニョいってちゃ聞こえやせんぜ?団長さん。 「うるさいっ!それよりあんた『見える』?」 「ああ?見えるって…」 まあ予想通りという奴だ。ハルヒに重なって見えるのは『黄金』に輝くスタンドだった。 「ゴールド・エクスペリエンス…」 「あんた知ってんの?」 何を隠そう、俺はジョジョの大ファンだ。なるほど、そういやお前の名前とあいつの名前…似てたな。 「ふふん。あんたとは話が合いそうね…って『見える』って事にはキョンきさま使えるなッ!」 答える必要はない。ゆっくりと俺の…いやとある海洋学者の物かもしれないものを出現させる。 「スター…プラチナ……ここまではっきりとした形でだせるとは……意外ッ!」 「きさまもおれと同じような…『悪霊』をもっているとは…」 「「………………………………」」 「フフ……」 「……フフフ…」 いや意外な奴と話が合うものだ…。しかもハルヒの読み込みっぷりも半端じゃない。これは久々に『語れ』るなッ! 結局、スタンドが使えるようになる、ジョジョ仲間が見つかる等のため語るだけで時間が過ぎていった。いやそれはそれでとても楽しかったので良かったのだが。授業中に、冷静になり考え直すと、かなりの異常事態の気がする。とりあえず古泉にメールで相談したのだが、 From,古泉 件名,Re 本文.スタンドってなんですか>< イラッとくるメールでした。 To,古泉 件名,Re 本文,簡単にいえば超能力 まあこういう他ないよな…。一般人が考える超能力としては何かずれている気がするが…。 From,古泉 件名,Re Re Re 本文.おや…あなたも僕の世界に来ますか…? 歓迎しますよ! 決して歓迎されたくはない。 To,古泉 件名,Re Re Re 本文,いや、お前とはまた違う能力だ あいつの誘いを華麗にスルーしてやらないとな。 別の意味で『男の世界』な気がしていやな気がする。 From,古泉 件名,Re Re Re Re Re 本文.ようこそ………『男の世界』へ………… 知ってんじゃねーか!! 急に背筋に冷たいものを感じる。絶対あいつはベーコンレタスだ。これだけは確信を持てる。 To,古泉 件名,Re Re Re Re Re 本文,放課後に 長門のごとく、みっじかい文章で話を強制終了。その後、「僕の下もスタンドです」のようなメールが着たが、きっと、スタンド攻撃を受けているのだろうと思いたい。 いつも思うのだが、睡眠ってある意味タイムマシンじゃね? 早朝から叩き起こされたおかげで、睡魔の猛攻撃を喰らい、あっという間に放課後へと。 「待っていましたよ」 俺は本当の『紳士』である。いつだって、ドアにノックは欠かさないし、朝比奈さんへの感謝も欠かさない。その他にも、いろいろと忍耐強く、面倒見のいい人間である。でもさ、キレてもいいだろ?今朝のことからメールのこと、朝比奈さんのエンジェルボイスを期待したのに、エセ紳士が微笑みながら前かがみで見つめてくれば。しかも、頬を赤らめて。 「とりあえず殴らせてくれ」 「いやですね。ジョークですよ」 そう言った古泉は姿勢を正し、ハハハと、とって付けたような笑い声をもらした。部室には今現在、殴れば人を殺せそうな本を読む、寡黙な宇宙人、そして可愛らしいメイドさんが、困惑した顔をしている。後は目の前に立つ、気持ち悪い(きもいじゃないぞ!)エスパー少年、そしてこの俺。平たく言うとハルヒ以外がそこには集まっていた。 「はっピーうれピーよろピクねー!!」 「ハルヒ、おまえなにしてんだ」 やたらご機嫌な団長殿が、鼓膜を破りそうな勢いでドアを開けた。まあご機嫌な理由はわかるが、もう少しドアをいたわってやれ。壊しかねん。 「うっさいわねー、こんなもん壊れるほうが駄目なのよ!」 と言った矢先に、ドアが音を立てて崩れ落ちた。…実際そこまで大げさなものではないのだが、とにかくドアは完全に外れてしまっている。金具から壊れているので、修理すれば何とかなるって問題じゃないだろ。 「おいおいどうするんだ?」 「…ど、どうしよう…キョン」 意外にも、壊した本人は責任からか、非常にあせっている感じだった。しかしまあ、どうする事もできまい。今年度の部費は、これの修理に使われるかな。 「まあ任せてください」 と古泉。こっちに向かってウインクを投げかけてくる。この上なく気持ち悪いのだが、俺としては古泉が何をするかのほうが気になってしょうがなかった。 「行きますよ……ふんもっふ!」 例の気持ち悪い叫びと共に、古泉はドアを殴った。いや正確には、古泉から出現したスタンド、『クレイジー・ダイヤモンド』がドアを殴った。するとドアはするすると元の位置に戻っていく。そして、完全に元通り。 「まさか…お前もか」 「ええ、僕も…そして後ろの二人もです」 ……な、何だってー! そりゃあ驚きは隠せない。某漫画風にも叫びたくなるさ。SOS団全員スタンド使いとはな。…恐るべしハルヒパワー、といったところか。ここからは割合させてもらうが、まあハルヒが馬鹿騒ぎしたのは言うまでもなかろう。ちまみに、まとめるならば、 涼宮ハルヒ ゴールド・エクスペリエンス 朝比奈みくる ハーミット・パープル 長門有希 ストーン・フリー 古泉一樹 クレイジー・ダイヤモンド キョン スター・プラチナ となる。長門はお得意の情報操作とかで、自分の能力は良くわかっているらしいが、朝比奈さんに言って聞かせるのは困難であった。そういう意味では、戦闘向きではない能力を与えたハルヒにGJといってやりたい。そもそも、この事件の発端は、ハルヒの他愛もない妄想から始まり、たまたまその夢を見たため、らしい。正直、スタンドが欲しいなんて思ったのは、一度や二度ではない、今回の件についてはハルヒを責められんな。しかし妄想を現実にする力とか…。寿命一年縮むとかならまだしも無制限だぞ。この力が、中学生の男子に行き渡らなくて良かったとも思わせてくれたな…。 さてあれから数週間。 これといって日常には大きな変化はなかった。意外なもので、スタンドがあるからといって、寝転びながらリモコンが取れるとか、その程度の便利さであった。…後はタンスの裏に落ちたものをとるとか。しかし、そんな日常に大きな変化が訪れるとは…。 「ちょっといいですかキョン君…」 微妙に涙目で見上げてくるのは、SOS団の良心こと朝比奈さんだ。ちなみに時は放課後、場所は部室。いるのは俺とハルヒと朝比奈さん。なんとも意外な組み合わせだろうが、長門と古泉はさっさと帰ってしまった。どうも最近あいつらは仲がいいらしい。まあ古泉はノンケとして、長門は感情を持つという意味で、どちらのためにも良いことなんじゃないか。と、それはおいといて。 「どうしたんです?」 「何かあったの?」 ハルヒも不安らしく、少し困った顔で話に加わった。 「涼宮さんも聞いてくれると嬉しいです…」 ちょっと冗談ではない空気に、俺もハルヒも黙って話を聞くことにした。 「実は、最近つけられている気がするんです…ずっと見られてる感じがして」 ほう、何処のどいつだ?今すぐ血祭り、オラオラフルコースだ。3ページに渡ってやってやるぞ。 「ふーん、何処のどいつ?今すぐ血祭り、無駄無駄フルコース。7ページに渡ってやるわよ」 なんだか、ハルヒと全く同じ思考回路をしていたみたいだな。この際そんなことはどうでもいい。ストーカー野郎をフルボッコにするほうが先決だ。 「念写もしてみたんですけど…」 そういって、朝比奈さんは鞄から写真を取り出した…が、そこに写っているのは電信柱とかで、誰も写ってはいない。写真が存在するってことは、犯人は存在していることになる。しかし、これは一体どういう事か…いや考えるまでもない。 「スタンド使い…か」 写真の電信柱にはかすかに、歪みのようなものがあった。これは…つまり。 「…みくるちゃん?今日はあたし達が家まで送るわ」 「…あ、ありがとうごさいますっ」 透明になる能力…まさか俺が冗談で言ったことが、マジになるとはな…。 なるほど確かに。 俺は朝比奈さん、ハルヒと共に下校をしている。美人を二人連れて、両手に花状態でも、浮かれる場合ではなかった。明らかに痛いほどの視線が、背中に突き刺さる。そして、吐き気を催すほどの『邪悪』が。ハルヒもそれを感じ取っているらしく、真面目な顔で歩き続けている。あと少しで朝比奈さんの家らしい。そういえば初めて、朝比奈家を訪れることになるな。 「ここです」 と指差した先には、まあそこそこのマンション。長門のところほどではないが、女の子の一人暮らし?なんだ、オートロックなどは揃っていそうな感じであった。 「じゃあ、ここまでありがとうございました」 そういって朝比奈さんはエレベータへ乗り込み上の階に上がっていったのだ。何階に住んでるのかなんて知らないが、ひとまず俺たちに出来るのはマンションの敷地に入れないことだ。『奴』をな。 「出て来なさいよ」 ハルヒの呼びかけは虚しく、夕焼けの街に染みていった。マンションは高台にあるようで、町を見渡せるいい場所だった。きっとこのマンションの住人は得しているだろう。俺はこの風景をみると、どうも人の信頼関係を利用しようとした宇宙人が出てくる。何も真っ二つにしたうえで、エメリウム光線打たなくてもいいのにな。 「出て来いっていってんでしょう!」 語気を強めてハルヒがいうと、少し殺気というかなんというか、まあそんな感じのものが強くなった。俺はその殺気の元へと近づいていく。すると突然、腹に鋭い痛みが現れた。 「くっそたれ…大当たりかよ!」 予想通り。俺の腹からは、制服を突き破り、とがったナイフのような物が顔を出していた。つくづくナイフには悪い縁のある俺だな。と自嘲気味に笑った。がしかし、いきなり攻撃してしたってことは、方向は間違っていないようだ。 「スター・プラチナ…ザ…ワールド」 胃に穴が開く思いってのは、SOS団で散々したと思っていたが、実際はありえないくらい痛い。いやこの慣用句はそういう意味じゃないんだが。…俺が時を止めていられるのは、一秒弱。『メタリカ』は常に背景にとけこんでいる。じゃあ時が止まっているならどうか?周りの景色に対して透明になっているわけではないなら、そこに歪みが僅かに出来るはずッ! 「そこだッ!スター・プラチナッ!」 歪みに向かって拳を突き出す。鈍い音を立て、相手の顔の形が変わっていく。口の中でも切ったのか、血が拳に付着する。 「…時は…動き出すッ!」 殴った相手は大きく吹っ飛んでいき、公園のなかの砂場に飛び込む。幸い、公園には人影がまったく見当たらんな。 「…ッ!キョン?大丈夫!?」 砂場の土煙に気づいたハルヒが驚きの声を上げ、俺の傍による。正直、ぜんぜん大丈夫じゃない。腹が痛くてしょうがない。気を抜いたら即効で昇天しそうだ。 「…ハルヒ…すまん……ちょっとやべ」 「…ったいなぁ…君たちが、僕とみくるちゃんの愛を邪魔する権利はないはずだよ?」 おお、喋るのか。てっきり無口な奴かと思った。いかにもストーカーですっ!といった、ボサボサの髪の毛に、黒尽くめの服装。明らかにヤバイ奴である。酒の名前はついてないだろうが、それなりの迫力はあった。でもまあ、 「黙れよ…二度と喋んな」 俺の自慢の低音ボイスで相手を威嚇。意味はないかもしれないがな。先の攻撃はダメージこそ与えはしたが、致命傷にはならなかったようだ。奴の姿は消え、不気味な気配だけが辺りを包んだ。 「だいだいみくるちゃんを愛してるのは僕だし、愛せるのは僕だけなんだ」 「黙れ…とキョンがさっき言わなかった?二度も言わせるなんて、あんた馬鹿でしょ?みくるちゃんには関わらないで!」 「…君は誰だい?みくるちゃんと気安く呼ぶな!」 きっと攻撃がくると思いハルヒの前へ出る。当然、大量の剃刀を吐き出す結果になるわけなんだが。 「キョ、キョン!何やってんの!?」 仕方ねーだろ。無意識に動いていたんだ。そんな事に文句…言……やべぇ確実に鉄分足りねぇ。頭がボーッとしてきた。 「…ッ…いいかハルヒ…お前だ……お前がやるんだ」 「そんなことより早く血を作んないと!」 「すぐには間に合わん……俺じゃあ…あいつに止めをさせない…お前なんだ」 「何言ってんのよ!あんた死んじゃうのよ!」 ずっと泣きじゃくるハルヒを見るのは新鮮だったし、可愛かった。そうだ、まだ俺は死ぬわけにはいかん。SOS団の皆と、ハルヒと、思い出をまだ作んないといけないからな。 「いいか…俺はあいつを思いっきり殴ったんだ……血が出るほどにな」 「……!」 「どうしたの死んじゃうの?フヒヒ!死んじゃうんだぁ!」 例によってムカつく声を聞きながら、ゆっくりと俺は目を閉じた。 「キョンの『意志』は継がなくてはならない。あたし達が、笑ってまたSOS団を楽しむには、ここでこいつをたおさなくてはならないッ!わかる?あたしの『覚悟』が!」 あたしは、ひとまずキョンの血を作った。さてこれからどうするかだけど。…勿論やることは決まっている。キョンが残した、あいつの血からハエを作る。ハエの行き先からあいつの場所を特定しようと… 「知ってる?鉄分って誰でも持っているんだ。たとえ虫でもね!」 「分かんないの?あたしは確かな『意思』をもって動いてんのよ?」 迷わずにあたしは一方向へ。あらかじめ何匹ものハエを飛ばし、その中で最初にやられたハエの方向に走っていくだけ、方向は『大体』で構わない。 「意味ないんだよォォォォ!食らえッ!!」 あたしの伸ばした右手からはさみが飛び出そうとする。が、無駄。右腕を切り落とし、磁力で引っ張られるほうへと、確実にあいつに近づいていっているはずだ。後一歩…ここだッ! 「『覚悟』を持ってるんでしょ?あたし達を殺そうとするならねッッ!食らえ『ゴールド・エクスペリエンス』ッ!」 左の拳が届く直前に、腕に針やら、ナイフやらがこれでもかと作られた。当然の結果、この拳は届くはずもない。ゆっくりとあたしは崩れ落ちる。でも大丈夫…だって 「…『覚悟』はいいか?俺は出来てる」 ハルヒが崩れ落ちる瞬間。俺は再び時を止めた。ここまで追い詰めれば遠慮することはいらない。さて、3ページやらしてもらうかな 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァーッ!!」 相変わらず、腹が痛むがとてもさわやかな気分だ! 「えへへ…ありがと…キョン」 「無茶しすぎだ!死んだらどうするんだ!」 「だいじょーぶ……ちゃんと生きてるじゃない」 「…それは結果論だろ?はぁ…」 「えへへ…」 「「やれやれだぜ」」 今回の件についてだが、結局犯人の身元は機関で預かるそうだ。まあ警察では裁けないからな。しかし、他にもスタンド使いがたくさんいると思うと寒気がしてくる。 さて、どうして俺が立ち上がったのかだが、答えは、最初から俺は気絶などしていなかったんだ。まあ、いわゆる死んだ振りって奴だ。…そこ、物投げない。大体、俺は目を閉じたとはいったが、気絶したなんて一言も言ってねえぞ。…だから物投げんなって。そもそも作者が頭悪い上に、文章力皆無なんだよ!だからな? 「すげー!サルが文章書いてる!」 ぐらいの気持ちでみてくれよ。な?
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第 一 章 あれから四年。 俺は無事に大学を卒業し、既に就職していた。いわゆる社会人というやつだ。 ハルヒによる補習授業のおかげで、俺はなんとか大学に進学する学力を身につけ、苦労の末に無事卒業することが出来たのだ。 ハルヒは俺とは別の大学に入学し、首席に近い成績で卒業。さらに世界を盛り上げるための活動をするとやらで、大学院に進んでいる。 世界を盛り上げるなんていう発言は以前と変わらないハルヒらしさだ。ハルヒは自分が不幸を感じているときは周りの人間を否応なく道連れにし、自分が幸福を感じているときはそれを無条件で周囲に拡散させていく、そういう奴だ。 そして、俺はそういうハルヒにますます惹かれていたのだった。 長門と朝比奈さんとは、高校卒業以来会っていない。 卒業式の後、部室で盛大かつ壮絶たるSOS団解散式兼お別れパーティーが開かれ、朝比奈さん、鶴屋さんを含む六人でバカ騒ぎをした。 その後いつものルートで最後となる集団下校をし、長門とは駅前で別れた。 肌寒さの残る、うす曇りの夕暮れ。 「あなたがいてよかった」 別れ際、長門が俺にだけ聞こえる声で言った。 いつもの無表情には違いなかったが、長門が感情を押し殺している風に感じられた。 長門も密かにSOS団との別れを惜しんでいるのだろう。 長門、情報統合思念体に戻っても幸せに暮らしてくれよ。お前は情報統合思念体の中でも先駆者だ。なにしろお前はハルヒに散々振り回されたおかげで、元々の機能にはない感情ってものを獲得したんだからな。仲間に自慢出来るぞ。絶対にな。 「さようなら」 「じゃあな、長門。元気でな」 別れは辛いが、これは仕方がない。結局のところ長門を含む情報統合思念体は切望していた自律進化のきっかけを手に入れ、朝比奈さんたち未来人は約束された未来を手に入れ、古泉の機関は神人に悩まされることのない安息な日々を手にいれたのだ。 そして長門は情報統合思念体に戻り、朝比奈さんは未来に戻り、古泉は本来の生活に戻る。 つまりは全てハッピーエンドだ。これで別れを惜しんでいてはバチが当たる。 長門の後姿を見送りながら俺はそんなことを考えていた。 卒業式からしばらく経った後、朝比奈さんから手紙が来た。 『会ってお別れするのは辛いので、お手紙を書くことにしました。 キョン君には本当にお世話になりました。今までありがとうございました。 もっと色々書きたいことがありましたが、書くともっと辛くなりそうなので。 これからもお元気で。涼宮さんとお幸せに。 朝比奈みくる』 いつものファンシーなものではなく、やけに体裁の整った封筒と便箋が、本当の別れを実感させた。 お世話になりましたなんてとんでもない。俺こそ朝比奈さんには本当にお世話になりました。 高校生活の日々、朝比奈さんは俺にどれだけ心の安らぎを与えてくださったことか。 でもいずれまた再会する日が来ますよ。未来の朝比奈さんはこの後何度か過去の俺に会うことになるんです。既定事項ですから。 俺がこれから先、朝比奈さんに会うことが出来るのかどうかは解らないが。 以前から覚悟していたものの、かぐや姫の物語がいざ現実になると、やはり寂しいものだった。 朝比奈さんに直接お別れの言葉が言えなかったのを口惜しく思う。 朝比奈さん、どうか未来の世界でお幸せに。未来人組織での立場向上だけでなく、この世界では出来なかった恋愛もがんばってください。 あなたなら自らがんばらずとも、男共が黙っていないでしょうけどね。未来でもきっと。 ちなみに、古泉とは高校卒業後も友人づきあいがある。 俺たち二人は、常人のそれをはるかに上回る過酷な高校生活を共に乗り切った、いわば戦友のようなものだ。 以前古泉が言った、対等な友人同士として昔話を笑って話せる日は今ここに実現している。 古泉の言動がそれまでと変わったことについて、ハルヒも俺も最初は驚いたが、正直なところすぐに慣れた。 二人とも、何の含みもなく屈託なく笑う古泉に以前よりはるかに好感を抱いていた。 機関は古泉の卒業と同時に解散されていた。もはや機関がすべきことは何も残されていなかったからな。 俺が就職して三ヶ月と少しが経った頃、七夕の日に俺とハルヒは結婚した。 「どうせこのままずっと一緒にいるんだから、もう結婚しちゃっていいじゃない。こういうこ とは早いほうがいいのよ」 ハルヒがそう提案し、俺もそれに同意したからだ。プロポーズくらい俺にやらせて欲しかったな。まあ似たようなセリフはあの閉鎖空間の中で既に言ってあったんだが。 就職して間もなかった俺は、そのため貯金などほとんどなく、ハルヒも学費を出してもらっている身分で大層な披露宴など気が引けるという理由で――そういう控え目な考え方をするハルヒは高校生の頃からは到底考えられないのだが――、披露宴はお互いの親戚だけを集めた食事会ということにした。 無論、古泉と鶴屋さんを交えた四人のパーティーは盛大にやったけどな。 長門と朝比奈さんには当然ながらこちらから連絡をつけることは出来なかった。二人とも俺たちが結婚することを知らなかったのか、あるいは知っていたとしても参加出来ない事情があったのだろう。 この頃にもなると、ハルヒはすっかり一般的な性格と生活を獲得していた。 エキセントリックな振る舞いは多少残っていたが、それはあくまで一般的という範疇に収まるものだった。 古泉が言ったとおり、ハルヒは二度目の情報爆発の際に、以前の能力を完全に失ったようだった。 情報爆発以降も時々不機嫌になることはあったが、古泉が断言したとおり閉鎖空間を生み出すことはなくなったようだ。古泉の能力が消えても世界が破滅していないのがなによりの証拠だ。 こうして平凡でありながらも、幸せな日々は続いた。 俺の社会人生活は、慣れない仕事に苦戦しながらも、まずまずの滑り出しだったと言える。 ハルヒの学生生活は言うまでもなく極めて順調だった。 このまま平穏無事に暮らせたなら、俺はどれだけ心安らかだっただろう。 だが、何者かがそれを許してはくれなかった。 ハルヒは結婚の二ヶ月後、突然学校で倒れたのだ。 仕事場に連絡を貰った俺はすぐさま病院に直行した。入院先は、例の機関御用達の総合病院。 古泉が昔のよしみで手配してくれた。 「昼ご飯食べてるときになんだか急に意識が遠のいちゃって。全くみっともない話だわ」 ハルヒがそう言うのを聞いて、俺は安心した。 「全くだ。お前らしくもないな。元気だけが取り柄、ってわけでもないが、お前が病気で倒れるなんて見たことねーからな」 ベッドの上のハルヒは、見るからにいつものハルヒそのままだった。軽い貧血か何かで倒れたんだろう、という程度にしか考えなかった。 症状は大したことはないが検査のため今日は様子を見て入院させる、と言う医師の言葉にも、不自然さは感じるにせよ、俺はちっとも心配などしていなかった。 だからハルヒが翌日再び病室で意識を失ったと聞いたとき、ようやく俺はこれがただ事ではないということに気づかされた。 「昨日から今朝にかけて一通りの検査をしてみましたが、結論から申し上げますと全く原因が解りません。あらゆる検査の結果は全て、奥様は完全な健康体であることを示しています」 何しろ元機関お抱えの病院だ。最高の医師たちが揃っているに違いない。そして彼らが原因不明と言うならば、それは誰が見ても間違いなく原因不明なのだ。 身体上の数字は至って正常であり、ハルヒは普段と何一つ変わらない様子だった。一旦意識を失うとしばらく目を覚まさなくなる、ということを除けば。 俺は会社に事情を説明し、長期休暇の許可を得てずっとハルヒに付き添った。 以前俺が階段から転げ落ち、意識を失ったときと同じ個室。あのときハルヒは今の俺と同じような気持ちで俺のそばにいてくれたんだろうな。 医師達がサジを投げるまでにはそう長い時間は必要とされなかった。 ハルヒは意識を回復させては、眠りにつくということを数日間繰り返した。 そして起きている時間と寝ている時間の割合は次第に逆転し、ついにはほとんどの時間ハルヒは意識を失い続け、起きている間ですら意識が朦朧とした状態になった。 焦燥しきった俺は藁にもすがる思いで、ハルヒの意識があるわずかな時間に、自分がジョン・スミスであることを告白した。 こうすればハルヒの中で何かが起こり、突然元気になってくれやしないか、と思ったのだ。 俺はジョン・スミスのことをあの閉鎖空間の中でもそれ以降も、一度も口にしたことはなかった。 もちろん、ハルヒにSOS団メンバーの正体を明かすことを避けたかったからであるが、理由はそれだけではない。 俺を愛してくれるハルヒには、ジョン・スミスの存在は必要ないと思っていた。それが俺とハルヒの関係に何らかの好ましくない変化を与えるかもしれないとも考えていた。 だが俺は意を決し、その事実をハルヒに打ち明けた。 そしてその決意もむなしく、結論から言えばそれは何の効果もなかった。 「そう……あんたがあのジョンだったなんてね。高校一年のとき、あなたと以前どこかで会ったことがあると感じたのは間違いじゃなかったのね。……だとしたら、あのとき背負ってたのはみくるちゃんなの?」 あいかわらず勘がいいな、お前は。 「そうなんだ。そう思えばあたしの人生って結構不思議なものだったのね……」 お前は知らないだろうけどな、お前の人生は普通とは比べ物にならないくらい不思議なことで満ち溢れていたんだぞ。 「色々あったわね……今まで幸せだったわ。あんたのおかげよ」 頼むから、そんな今生の別れのようなことを言ってくれるな、ハルヒ。 ハルヒはそう言ってしばらく後、また眠りについた。俺も数日前からの徹夜の付き添いの疲れからか、いつの間にか眠りについていた。 ハルヒはその一時間後、そのまま目を覚ますこともなく、俺に気づかれることもなく、唐突に、ひっそりとこの世を去ってしまった。 自分自身がわけの解らん奴なら、死ぬときもわけの解らん死に方をするのか、ハルヒよ。 俺はハルヒが死んだという事実にわき目もふらずに、目から涙を溢れさせていた。 お前は高校一年のときの七夕を忘れちまったのか? あのときお前は世界が自分を中心に回るように、地球が逆回転するようにって短冊に書いただろうが。ベガとアルタイルに願いが届くまであと何年かかると思ってんだ。 俺はこの先、お前を取り巻く状況がどう変わるのかを楽しみにしてたんだぞ。お前がどれだけ世界を盛り上げ、そしてそれに俺がどう巻き込まれるかを。 そしてお前はこう言うんだ。 「ほらねキョン、あたしの言ったとおりでしょ!」 俺がいつも見ていた、そしてこれから先もずっと見られると思っていた、あの赤道直下の笑顔で。 ――一体、どこからこんなに涙が溢れてくるんだ。 あの閉鎖空間でのキスのときとは違った意味で、世界は変わってしまった。いや世界は終わってしまったのだ。 …なあハルヒ、俺はもうお前に会えないのか? …お前はもう戻ってこないのか? それから俺は数日間を泣き通した。 ハルヒの葬儀には、俺とハルヒの親族、俺の仕事の同僚たち、ハルヒの学校の関係者、学生時代の友人、そして古泉と鶴屋さんが参列してくれた。長門と朝比奈さんは、やはり姿を見せなかった。 参列してくれた皆が、心底俺に同情してくれた。 だが、俺はこの頃には既に涙も枯れ果てていて、ただ呆然とまるで他人事のような心境で葬儀を進めていた。これが現実だとは、俺には到底信じられなかったのだ。 ほんの数日前まで、そこに確かにあった俺とハルヒの日常。 やけに目覚めのいいハルヒがいつも先に起き、朝食を作ってくれた。 あいかわらず目覚めの悪い俺を楽しそうに叩き起こしてくれた。 朝食を食べながら一日の予定を確認しあった。 一緒に住まいを出て、駅で別れ、駅で待ち合わせた。 一緒に食材を買い、一緒に夕食を作った。 それらを囲みつつ一日の出来事と昔話とこれからの話をした。 そこにはいつも、俺のハルヒの最高の笑顔があった。 そしてそれは突然俺の前から消え失せてしまった。 そんなことを一体誰が信じられるものか。 ハルヒの葬儀からしばらくの間、結婚とともに越してきた住まいで、俺は抜け殻のような状態で日々を過ごした。 何もする気が起こらなかった。食事すらほとんどとらず、ただ起きて、ただ寝るだけのような生活。一体何日間そうしていただろうか。 そしてある日、俺は突然それを認識した。 ハルヒが死んだ瞬間に感じた、世界が変わってしまったという感覚が、またしても俺の感情の変化によるものだけではなかったことに。 ハルヒが死んでからというもの、俺の頭の中に奇妙な違和感が存在していることには気づいていた。 そして、それはハルヒの突然の死による悲しみがそうさせているのだろうと、俺は当然のように思っていた。 しかしそれは違っていた。それだけではなかった。 俺の頭の中に、突如としてSTC理論とTPDDが備わっていたのだ。 STC理論。朝比奈さん(大)が以前俺にその存在を教えてくれた時間平面移動の理論。 TPDD。時間移動をするための、頭の中に無形で存在する装置。 理屈じゃない。それが俺の頭の中にあることを、俺は実際に感じることが出来た。 なぜ俺に突然そんなことが起こったのか。理由はすぐに解った。 ハルヒがそれを望んだからだ。 ハルヒは、わずかに残された最後の力で、俺にこれらの能力を与えてくれていたのだ。 長門によって世界が改変されたとき、朝比奈さんは言った。STC理論を指して「あなたにもそのうち解ります」と。 朝比奈さん……つまりはこういうことだったんですか? ハルヒが俺に託してくれたこの能力。すぐに使い道は決まった。 だってそうだろ? 他の選択肢なんてあるもんか。 今まで散々俺を振り回しておいて、それで満足したらさようならか? それを他の誰が許したとしても、俺は絶対に許さない。 俺は確信を持って言える。お前のような、あまりにも規格外な人間を愛してしまった俺にとって、お前を忘れることなんて絶対に無理だ。出来るはずがない。 お前だって、俺がそう考えると思ったから俺にこの能力を託したんじゃないのか? 俺は静かに、そして強く誓った。 ハルヒが死ぬという事実を何としてでも変えてやる。この俺の手で! 俺はすぐに計画を練りはじめた。 これから俺はTPDDを利用し過去に時間遡行して、ハルヒの死の原因を究明し、それを防ぐために歴史を改変することになる。 時間は一刻も無駄にはしたくない。俺は早速試しにとばかりに、時間を一分ほど遡行しようと考えた。そのときそれは起こった。 目の前に突然もう一人の俺が現れたのだ。 つまり一分後の時間平面から時間を一分間逆行した俺だ。実際に試すまでもなく、TPDDの機能は実証されたのだ。 一分後の俺は、俺に軽く挨拶し、一分後の世界に戻ると言って目の前から消えた。 そして俺は一分前の世界への逆行を試みた。体全体がグラっと揺れる感覚の後、それは実にあっけなく成功した。俺は一分前の俺に軽く手を上げ、元の時間平面に戻った。 以前感じためまいや吐き気は全くなかった。これは時間移動距離の差によるものなのか。あるいはあのときの不快感は、時間移動の方法を隠すために俺に施された処置によるもので、つまり目隠しのような状態で車に乗せられれば誰だって酔いやすい、ということなのだろうか。 単純に、車を運転する人より助手席に座る人のほうが酔いやすい、ということなのかもしれない。 今この時間平面上で、STC理論を知りTPDDを得た人類は間違いなく俺だけだ。俺の知る限りでは、今の時代にはSTC理論の基礎すら出来ていない。それを作るであろうあの眼鏡の少年はまだ高校生くらいだろうからな。 つまり、おそらくは人類史上で最初となる時間遡行が今まさにおこなわれたのである。 やれやれ、まさか俺が輝ける人類初のタイムトラベラーになるとはな。 同時に、既定事項を満たすことの重要性に思い至った。朝比奈さんが必要以上に既定事項にこだわっていた理由を、身を持って理解した。俺がたかだか一分間の時間遡行を怠ってしまうだけで、その瞬間に歴史は変わってしまうのだ。 俺は家を出て人気のない路地に移動し、今度は過去一年間の時間遡行を試みた。 実に簡単だ。そう念じるだけでそれはおそらく可能だろう。 体が揺れる感覚がきた。移動は完了した。腕時計を見る。そしてそれが何の意味もないことに気づいた。時間移動をしたからといって時計の針が正しい時間に合わせて勝手に動いてくれるはずもない。それ以前の問題として、俺の腕時計は三本の針のみで構成されたシンプルなアナログ時計であり年月は表示されない。 俺は近くのコンビニエンスストアに足を運び、新聞の日付を見ることにした。過去の七夕でも使った手だ。 そして、俺は意外な結果を知ることになった。新聞の上部に記されていた日付は俺の予想とは違っていた。およそ一ヶ月までしか時間を遡ることが出来ていなかったのだ。 コンビニエンスストア近くの路地に入り何度か試してみた。過去一年間を三回、半年を二回、三ヶ月間を一回、未来については少し気が引けたが、一回だけ一年間の移動を試みた。 結果は全て同じだった。過去であろうが未来であろうが、俺が移動可能なのは前後一ヶ月間だけだった。 ならば、一ヶ月前の過去からさらに一ヶ月前に遡ればどうだ? それなら二ヶ月前に行けるはずだ。 だが結果は同じだった。やはり元の時間から一ヶ月以上移動することは出来なかった。 これはどういうことだ? 俺は住まいに戻り、その理由を考えてみた。 朝比奈さんは、少なくとも一ヶ月先から来た未来人ではなかった。実際に俺と朝比奈さんは、三年間の時間遡行をしたことがある。 では俺が一ヶ月以上の時間移動が出来ないのはなぜだ? それが俺の能力の限界なのか? たかが一ヶ月間の時間遡行で、ハルヒを助けることが出来るのか? あるいはそれは可能かもしれないが、その確証は一体どこにあるというのだ。 いくら考えても、有力な解答が導き出されるはずもなかった。 そうやってしばらく頭を抱えていた俺の眼前に、突如として信じられない光景が映し出された。 何の予兆もなく、光や音を発することもなく、その人物は突然俺の目の前に姿を現した。 朝比奈さん(大)だった。 「随分お久しぶりになりますね、キョン君」 俺は呆然として、しばらくそのアンバランスにしてかつ完璧なプロポーションを眺めていた。 我に返った俺はとりあえず疑問を投げかけた。 「っていうか、いきなり俺の目の前に現れたりなんかして、大丈夫なんですか?」 朝比奈さんは静かに微笑み、 「問題ありません。もうあなたの頭の中にはSTC理論もTPDDもあるんだもの」 なるほど、まさしくその通りだった。いずれ朝比奈さんにそれらのテクニカルタームについて解説して欲しいと思っていたが、まさかそれが突然俺の頭の中にひょっこり現れるなんて思ってもみなかったからな。 最初に俺が聞かなければならないのは、次の一点だった。 「朝比奈さんにこんなことを訊く失礼だというのは承知の上ですが。朝比奈さん、あなたは俺の敵ですか? 味方ですか?」 俺がこれからやろうとしていることは、明らかに歴史の改変だ。それがもし既定事項でないのだとすれば、未来人にとって俺は、きっと好ましくない存在になるだろう。 だが、そんなことは構いやしない。今の俺にはTPDDがある。未来を知らないということ 以外は、未来人とは対等の条件だ。 だが、朝比奈さんは俺に、変わらない笑顔でこう言った。 「私はキョン君を助けるためにやってきました」 もともと俺は朝比奈さん(大)に対しては少しばかり懐疑的な立場だ。だが今の言葉に嘘は全く感じられなかった。そもそも何かを隠すことはあっても平気で嘘を言えるような人ではないんだ、この人は。 「解りました。朝比奈さん、俺はあなたを信じます」 となれば、次の質問はこれだ。 「教えてください。ハルヒが死ぬことは既定事項なんですか?」 「それは…説明が難しいんですが」 と、前置きをして朝比奈さんは続けた。 「涼宮さんが死ぬことは既定事項ではありません。ですが今こうやって私たちが話していることもまた既定事項であると言えます」 正直なところ、何を言っているのか全然解りません、朝比奈さん。 「少し込み入った話になるんですが。未来からの通常の方法による観測では、涼宮さんが死ぬという歴史は存在しません。私たちの知る既定事項は、あなたと涼宮さんは生涯を共に暮らし、二人とも天寿をまっとうします」 その話は、今の俺にとって何よりも心強いです。でも未来のことを話すのは禁則事項ではないのですか? 「あなたはその気になればいつでも自分で未来を見に行くことが出来ます。あなたにはもはや禁則事項と呼べるものはほとんど残されていません。既定事項を満たすためにお話出来ないことはありますが」 なるほど、確かにそうだ。 「ですが、今のあなたはその未来に辿り着くことは出来ません。時間移動距離の問題ではありません。この時空から未来に行ったとしても、そこには涼宮さんがいない未来が存在するだけです。そして涼宮さんが死ぬという過去を観測出来ない未来人は、本来なら今のあなたに会うことは絶対に不可能なことなんです」 「つまり、それは一体どういうことですか?」 「簡単に言えば、今この時空は未来から閉ざされています。例えば歴史が上書きされた場合、未来からはその結果しか観測出来ません。そして涼宮さんが死ぬことは既定事項ではない。つまりこの時空は上書きされる予定であり、本来であれば私はこの時空には決してたどり着けないんです」 俺の頭上で回転するクエスチョンマークが朝比奈さんには見えたようで、 「思い出して、キョン君。長門さんが世界を改変したときのことを。あのとき、改変された世界に私が赴いて三年前の七夕……いいえ、長門さんさえいればどこでもよかったのだけれど、そこまであなたを連れて時間遡行すれば、あなたは苦労せずに歴史を再改変させることが出来たはずです。長門さんの脱出プログラムを必要とせずに。でもそれはされなかった。されなかったのではなく出来なかったの。長門さんに改変された世界は、最終的には長門さんの再改変によって上書きされました。つまり未来からでは、上書きされる以前の改変世界には辿り着くことが出来ないの」 「なんとなくですがそれは解りました。では朝比奈さんはどうやってここに来ることが出来たんですか」 「今私がこうしてこの時空に存在しているのは、預言者、言葉を預かる者と書くほうね、その人の力によるものなんです」 預言者……ですか? 「彼は未来人組織の中でも謎中の謎とされる人なの。いつの時代のどこの人であるかということも解りません。彼は私たち一般的な未来人が知る、歴史の上書きされた結果だけではなく、歴史が変わる過程をも知り得る、特異な能力を持つ存在だとされています」 俺は終わらない夏休みと長門のことを思い出した。 「預言者の話をする前に、あなたについて話す必要があります。少し長い話になりますが。今までのあなたの行動。これは全て既定事項だったんです。例えば、あなたが三年前の七夕に涼宮さんを手伝ったこと、あるいはSOS団結成のきっかけを与えたこと」 それはどちらかと言えば、俺が選んだ行動ではなく、朝比奈さんに与えられた行動だと思うんですが。 「既定事項というものは、そう簡単に覆るものではありません。未来人が過去に介入することは実はそんなに稀なことではないんです。だとしたら、あなたは歴史や未来をすごくあやふやなものだと感じるかもしれません。でも実際はそうではないんです。なぜなら未来人の介入も 含めて全てあらかじめ定められたこと、つまり既定事項なんです。例えば、幼かった頃、私と キョン君が少年を交通事故から守ったときのことを思い出してください。あなたはあれをあたかも他の未来人の干渉から歴史を守るために取った行動だと思ったかもしれません。でもそれは違うんです。他の未来人組織が彼を襲ったのも含めて既定事項なんです」 にわかには信じがたい話だが、それならいつぞやの敵対未来人組織が既定事項をなぞるだけの行動にクサっていたのには納得がいく。 「私たち未来人は、涼宮さんが作った時間断層を発見して以来、その時代周辺の歴史を丹念に調査しました。そして驚くべき事実を発見したの。それは未来に対して重大な意味を持つ事件がこの時代のこの地域に集中していたこと、それらの事件には私たちの時代の未来人が数多く介入していたということ、そして……それらの事件の全ての中心には、キョン君、あなたがいたということ」 「よく解らないんですが……、それは朝比奈さんたちがそう仕向けたんじゃないんですか?」 「いいえ。私たちは過去の事実に従って行動するだけです。私たちはなぜあなたが未来に関する全ての重要な分岐点に関わっていたのかを徹底的に調べました。その生い立ちから、生涯までを。これは大変な作業だったわ。だって、あなたの生涯とその周辺を調べるためには、あな たが生きたあらゆる時間平面に対して、常に誰かが監視する必要があったから。そのひとりがまだ幼かった頃の私。当時の私は涼宮さんの監視係であったと同時に、あなたの調査係でもあったの。これは後から知ったことだけどね」 なるほど、それは大変そうだ。仮に俺の寿命が七十年だとすれば、それを詳細に知るには七十年分とまではいかなくとも、相当の労力を費やさなくてはならないだろう。 「でも、結局はその調査は実を結ばなかった。未来人のあらゆる観測・調査によっても、あなたがなぜそのような立場になったのかずっと原因不明のままだったんです。観測上では、あなたは一方的に涼宮さんの起こす騒動に巻き込まれ、紆余曲折の末に涼宮さんと結婚し、そしてその生涯を平穏に送った、普通の人間です」 じゃあ、今ハルヒが死んで、こうやって朝比奈さんと話している俺は何なんだ? 「私が今こうしてキョン君と話していることは、他の未来人の誰も知らないことです。私と預 言者だけが知る事実。私が預言者から直接、ここに来てキョン君に助言を与えるようにと指令を受け、そしてこの時空間の座標を与えられたの。だから私は今ここに来ることが出来ているんです」 この朝比奈さんも、正体の解らない何者かの指示で操られているのか。俺は今まで朝比奈さん(小)に対する朝比奈さん(大)の態度に釈然としないものを感じていたが、結局は朝比奈さん(大)のほうも同じような立場だったんだな。今度から怒りの矛先はその預言者とやらに 向けることにしよう。 「預言者の話は、私には信じられないことばかりでした。だってそうでしょう? キョン君が 涼宮さんの死と引き換えに、人類初のタイムトラベラーになるなんてこと」 その意見には俺も全面的に同意します。 「そして、さらに預言者は驚くべきことを言っていました。あなたは誰の制約も受けずに歴史を改変する権利を得た唯一の人物なの。言い換えればあなたは物語の主人公のようなもの。物語の世界が主人公の望まないものになることはあまりないでしょう? 例えば、涼宮さんはあなたの知るとおり何度か世界を作り変えようとしました。でもあなたはそれを望まなかった。 だからこそ、世界は改変されることなく存続し続けていると言えます。つまり、あなたはあなたが望む歴史を自ら切り拓くことが出来る存在なんです」 俺はそんな大それた存在のつもりは全くないんですが。俺が何を望むかといえば、今までと変わりない無難な生活くらいです。 もっとも、多少の刺激は欲しいとは思っていたし、実際にそういうスパイスは高校生活中に無闇やたらに散りばめられていたんだが。 「最後に、預言者からあなたに対する伝言です。私たち未来人は今まであなたに様々なヒントを与えました。そのことをよく思い出して。これから涼宮さんを復活させるまでの過程において、キョン君は長らく私たちの援助を受けられない状態が続くことになります。なぜそうなのかは、私には詳しくは解りません。預言者が教えてくれなかったから」 つくづく、その預言者とやらはもったいぶった奴なんだな。おそらくはそれを教えないこと も含めて既定事項なんだろうが。 「だからキョン君、あなたはあなたが思うとおりに、あなたが信じる行動をとってください。 その結果、最終的には私たち未来人が知る歴史に至ると私は信じています。でももしかしたら、そうならないかもしれません。これは私たち未来人にはどうすることも出来ません。あなたが望む未来を、あなた自身がこれから決めなければなりません」 ひと通り話し終えた朝比奈さんが、身につけていた腕時計を取り外した。以前朝比奈さん(小)が使っていたのを見たことがある、あの電波時計だった。 「これは私からのプレゼント。これからのあなたにはきっと役に立つと思うから」 朝比奈さんは笑顔を取り戻し、それを俺に手渡した。 「それでは私は戻ります。全てが終わったら、是非私のいる未来に遊びに来てください」 それは俺にとっても興味のある提案です。楽しみにしてますよ朝比奈さん。それに全ての黒幕である預言者とやらに、俺も少なからず言ってやりたいことがありますし。 ああ、待てよ。 「朝比奈さん、最後に教えてください。俺は時間移動を一ヶ月間しか出来ないんですが、これはなぜですか?」 「ごめんなさい。禁則事項です」 朝比奈さんは以前と変わらない、イタズラっぽい笑顔を俺に見せた。 「でも答えはすぐに見つかると思います。それがあなたにとっての既定事項だから」 ううむ、そういうものなのか。 「がんばってねキョン君。あなたが私たち人類初のタイムトラベラーなんだから!」 ありがとうございます。がんばるしかないですからね俺は。人類初とかはさて置いておいても。 そして朝比奈さんは俺の目の前から姿を消した。 昔だったら俺は意識を失わされているところだろうな。 第二章
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―同日、同時刻― どうも、みなさん。古泉一樹です。 僕は今、自分の家でくつろいでいるところです。 日曜日の朝、天気もいいですし、今日は楽しい一日になりそうだ。 これからの時間を思うと胸が高鳴ってきます。 ピンポーン! おや、少し早いようですが、どうやら来たようですね。 『涼宮ハルヒの交流』 ―エピローグおまけ 古泉一樹の場合― 「ちょっと早かったね。おはよう、みーちゃん(※朝比奈みくるのこと)」 「あなたに早く会いたかったの。おはよう、いっちゃん(※古泉一樹のこと)」 「嬉しいよ。とりあえず上がって」 「はぁい、お邪魔しまぁす」 とりあえず家に入ったみーちゃんと、テレビの前のソファーに腰掛ける。 「今日いい天気で良かったね。家にずっといるのはもったいないかも」 「そうだね。じゃあ朝はのんびりして、昼くらいから出かけよっか?」 「うん。私もそれでいいよ。とりあえずお茶でも煎れてくるね」 「ありがとう。みーちゃんのお茶はおいしいからね」 みーちゃんの煎れてくれたお茶を二人で飲む。 「いっちゃんはいつもおいしそうに飲んでくれるからとても嬉しいの」 「みーちゃんのお茶がおいしいのさ。ホントは部室でもそうしたいけど、ばれちゃうからね」 「うふふ、しょうがないよね」 なんてイチャイチャしながら過ごす日曜の朝は幸せだなぁ。 プルルルルル…… 「あれ?いっちゃん、電話鳴ってるよ」 電話?……まったく、誰からでしょう。 ディスプレイを覗いてみると、そこには『涼宮ハルヒの犬(※キョンのこと)』の文字が。 ちっ。……あいつかよ。 プルルルルル…… プルルルルル…… 「キョンくんから?あれ?出ないの?」 「いや、出るよ」 まったく……仕方ないですね。 「……もしもし、どうかしましたか?」 『都合悪いのか?ならやめとくが』 おっと、声に出てしまいましたか。 「結構ですよ。それよりご用件は?」 『ああ、すまんな。今ハルヒがどのあたりにいるかわかるか?』 ええっと、どうだったかな?適当でいいか。 「先ほど家を出たようですから、……あなたの家まであと3分といったところでしょうか?」 『今向こうのハルヒが俺のところに来ていて困ってるんだ。なんとか長門の家まで運べないか? なんか帰りたくないってわがまま言ってて困ってんだ』 まったく、そのくらい自分でなんとかしてほしいですよ。 「……それは困りましたね。5分もあればそちらにタクシーを寄越せますけど」『くそっ、無理だ。他に何か――』 そう、無理です。自分でなんとかしてください。 『……どうやらもうハルヒが来ちまったようだ。お前3分って言わなかったか?まぁいい。これからどうす――』 ああ、もうめんどくさいですね。 「ご武運を」 プツッ。 「キョンくんは何て?」 「向こうの涼宮さんが来て困ってるってさ」 「うふふ、キョンくんは少しくらい困ってる方がいいよね」 「やっぱりみーちゃんもそう思う?」 はははっ、と二人で笑い会う。 「放っておいていいの?」 まぁ確かにこっちの涼宮さんにばれてしまうと良くはないんですけどね。 「まぁなんとかするんじゃないかな?」 「そうね。私達二人ともオフなのは久しぶりだし、キョンくんなんかどうでもいいよね」 「ははっ、そうだよね」 そうこうしていると、また電話の呼び出し音が鳴る。 ディスプレイにはやはり『涼宮ハルヒの犬』の文字が。 やれやれ、しょうがないですね。……めんどうだから無視しようかな。 ふと、みーちゃんの方に目をやってみる。 「出てあげてもいいよ」 そう言われちゃしょうがないですね。 「……もしもし、どうにかなりそうですか?」 『説明は面倒だ。時間がない。とりあえず家にタクシーを頼む。5分あればなんとかなるんだろ?頼む』 「わかりました。すぐに新川さんを向かわせます」 『サンキュー、よろし――』 プツッ。 「だいじょうぶみたい?」 「うん、タクシーを向かわせればオッケーってさ」 「良かったぁ。いっちゃんが呼び出されたらどうしようかと思ってた」 「もちろんそのときは無視するよ」 再び二人で、はははっ、と笑い合う。 そんなある晴れた日のこと。 ◇◇◇◇◇ ―同日、同時刻― 今日は日曜日。朝からとても天気がいい。 普通の場合こんな日には外に遊びに出たくなる。私でも。 一人でぶらぶらと公園などを歩く。その後、図書館に行き、本を借りる。それを再び公園で読む。 そんなふうに過ごす日曜日は幸せ。 しかし、今日は約束がある。遊びに出るのはそれからでも十分。むしろ二人で行くのもいい。 とりあえず来客があるまで私は家で待機する。ちなみに私は長門有希。 『涼宮ハルヒの交流』 ―エピローグおまけ 長門有希の場合― とりあえず彼女が来る前に部屋の片付けや、掃除をしておかないといけない。 力を使えば簡単。でも自分でちゃんとやった方が気持ちいいと彼女に教わった。 実際にやってみるとそうだった。だから私は時間があるときはきちんと手で行うことにしている。 あらかた片付けが終わった後、私は座って携帯電話を手に取る。 電話を掛けるのか?否、私から掛けるのではない。もうすぐ掛かってくる。そう、彼から。 本当は私の方から掛けたい。彼に掛けたい。ああ、エラーが生じてしまった。修正。 最近彼は涼宮ハルヒと遊んでばかり。俗に言うイチャイチャ。悔しい。 涼宮ハルヒがうらやましい。うらやましい。エラーが発生。修正。 その瞬間、電話が鳴った。正確には音は鳴っていない。鳴る前にとった。早く彼の声が聞きたいから。 「何?」 彼は驚いているだろう。こんな様子を想像するのは楽しい。こんなことができるのも私の力。 涼宮ハルヒは私の力のことを知らない。だから私のこんな遊びも知らない。二人の秘密。 ふふっ、楽しい。エラー。修正。 『あ、いや、今俺のところに異世界のハルヒがいきなり遊びに来たんだが、俺はハルヒと約束があるんだ。 で、この異世界ハルヒがお前と遊びたいみたいなこと言ってるんだが、どうだ?』 涼宮ハルヒと遊ぶ約束。悔しい、私と遊んで欲しい。でも言えない。またエラー。修正。 「いい」 『迷惑ならそう言えばいいんだぞ。お前もせっかくの休日だろ?いいのか?』 彼が心配してくれている。彼は私にとても優しい。彼の気遣いは嬉しい。 「問題ない」 『……わかった。ありがとよ。じゃあもう少ししたらここを出ると思う。よろしくな』 「だいじょうぶ。……私も楽しみ」 『そっか、ならいい。じゃあまたな』 「また」 プツッ。 彼との電話が終わってしまった。もっと長く話せない自分が悲しい。またエラーが。修正。 そうだ、彼女が来る準備をしなければ。 とりあえずお湯を沸かしてお茶の準備をする。時間的にはちょうどいいはず。 ピンポーン! 準備が完了するとほぼ同時にインターホンがなる。「有希ー、あたしよー。来たわー」 もう一人の涼宮ハルヒが到着したようだ。オートロックを解除する。 彼女が上に来るまでの時間を使って、湯のみを準備してお茶を煎れる。 ピンポーン! お茶を机に運んでいると玄関のインターホンがなる。 「おはよう、有希。入るわね」 彼女は勝手に入ってくる。いつもそう。別に悪い気はしない。 「おはよう」 「あら、お茶煎れてくれてたのね。いつもありがとう」 そう言って彼女はお茶に手をつける。 「うん、おいしいわ。みくるちゃんのもいいけど、有希のもちょっと違っていいわね」 「そう」 私もお茶に口をつける。おそらくそれなりにおいしいはず。 お茶を飲み終わると彼女が話しかけてくる。 「で、あんな感じで良かった?」 「良かった。彼の様子を見ているのは楽しかった」 実は先ほどからの彼の様子を、私の力を使って全て見ていた。 そのため、彼女が突然彼の家におしかけたのも知っていた。 いや、知っていたのは違う理由。 「有希の言った通りにおしかけてみたけど、あいつホントに焦ってたわ」 心から愉快そうな顔で彼女は言う。 そう。今日彼が涼宮ハルヒと会う約束があるのを知っていて、あえてこの涼宮ハルヒをけしかけたのは私。 「計画通り」 そう言って私も少しだけニヤリと笑う。 涼宮ハルヒにとられた彼に、この涼宮ハルヒと一緒になってこんなふうにときどきイタズラをする。 そうやって彼に接するのも楽しい。 「じゃ、次はどうする?」 「次は……もっと激しく」 「有希も言うようになったわねー。私も楽しみになってきたわ」 私もとても楽しみ。彼女はいつも面白いアイデアを出してくれる。 「次は私も行く」 「お、いいわね。やってやりましょ」 そうして二人で笑い合う。エラー。修正。 そんなある晴れた日のこと。 ◇◇◇◇◇ ―同日、同時刻― 今日もよく晴れてるわねー。日曜日でこんないい天気だと気分もいいわ。 こういう日にはやっぱり外でデートが一番よね。 でもあいつ外出るのめんどうだとかいいそうね。まったく、めんどくさがり屋なんだから。 なんてことを考えながら道を歩いて行くと、そろそろあいつの家が見えてきた。 それにしてもあいつちゃんと起きてるかしら? あ、ちなみに私は涼宮ハルヒよ。 『涼宮ハルヒの交流』 ―エピローグおまけ 涼宮ハルヒの場合― ピンポーン! 玄関のチャイムを鳴らすとドアが開いて中から元気そうな声が聞こえてくる。 「はーい!あ、またハルにゃんだー」 「おはよ、妹ちゃん。キョンはもう起きてる?」 ん?今妹ちゃん『また』って言わなかった? 「さっき起こしたんだよー。呼んでくるねー」 そう言ってどたばたとキョンの部屋へ走って行く。 それにしても、あいつやっぱり寝てたわね。ちゃんと起きてなさいよ。 などと考えると、すぐに妹ちゃんが戻ってきた。 「キョンくんが『とりあえず待ってて』だって」 何やってんのよ。部屋に乗り込んでやろうかしら。 ピンポーン! 家の中に入ろうと靴を脱ぎかけたときに、どうやらお客さんが来たみたい。 来たのは……みくるちゃん? 「あ、どうもおはようございますぅ」 「おはよ、みくるちゃん。どうしてここに?」 「えぇっと、あの、ちょっと涼宮さん時間いいですか?10分くらいですけど」 「ん?別にいいわよ」 「じゃあ、ちょっと外で歩きながらお話しましょう」 そういうと、みくるちゃんは妹ちゃんに何かを告げて家を出ていく。あたしもそれに付いていく。 歩きながらしていたみくるちゃんとの話はとても重要な話とは思えなかった。 わざわざ呼び出すほどの話じゃないわね。……これは、きっと何かあったのね。 そういえばさっき妹ちゃんが『また』って言ったわね。それに玄関に女ものの靴もあったし。 なるほど、これはもう一人のあたしが来てるのね。で、みくるちゃんは時間稼ぎかしら。キョンも大変ね。 「ところでみくるちゃん、古泉くんと付き合ってるの?」 「ふぇ、な、何で知ってるんですか!?」 「何でって。見てたらばればれよ。気付いてないのキョンくらいね」 「ひぇぇ、キョンくんには内緒にしといてくださぁい」 「ん、いいわよ。そのほうがおもしろいし」 10分ほどそうやって他愛のない会話をしながら歩いて家に帰ってくると、家の前にキョンが立っていた。 「あんた、こんなとこで何やってんの?」 「何って、お前を待ってたに決まってるだろ?」 「そ、そう。わざわざ出てこなくても中にいればいいのに」 そんなストレートに言われると照れるじゃない。 「それじゃあ、私は帰りますねぇ」 「あ、朝比奈さん。わざわざありがとうございます」 みくるちゃんはキョンの耳元で何かを少し話した後、大慌てで走って去って行った。 「……そんな、古いず、古いず……」 キョンが変な顔で何か呟いている。 「あんた、何やってんの?みくるちゃんなんだって?」 「あ、ああ。いや、ちょっと頼まれごとをしただけだ。気にするな」 頼まれごと?また未来がどうのとか言われたのかしら。 「……まぁいいわ。中に入りましょ。お茶でも煎れてあげるわ」 「ああ、そうだな。サンキュ」 家に入ってお茶の準備をする。 「家の人はいないの?」 「ああ、朝からどっか出掛けたらしい」 「ふーん。ま、だからどうということはないけど」 「あ、お茶煎れてくれてる間に部屋片付けとくから、出来たら呼んでくれ」 そう言ってキョンは部屋に向かい、代わりに妹ちゃんがやってきた。 「私も手伝うー」 「そう、ありがとね」 「ねえねえ、ハルにゃん。今日なんで何回も来たの?」 何回もって、もう一人の方のことかしら。まずいわね。 「さ、さぁ。ちょっとそういう気分だったのよ」 「……ふふふっ。私が全部知ってるとも知らずに……」 「い、妹ちゃん?今何か言った?」 「えー?何も言ってないよー」 そ、そう。気のせいだったのかしら?気のせいよね。……まぁいいわ。 そうこうしている間に準備が整った。 「じゃーキョンくん呼んでくるねー」 その間にテーブルにお茶を煎れた湯のみを並べていく。 「お、ハルヒありがとな」 キョンと妹ちゃんがやってきて三人で座ってお茶を手に取る。 「ねえねえ、キョンくん。さっきハルにゃん部屋にいたよね?なんでー?」 ブフッ! キョンがお茶を吹き出して顔面蒼白になっている。 「な、な、何の話だ?ハルヒは今来たとこだろ?」 「そ、そうよ。勘違いよ。あたしは今来たのに」 「……ふふふっ。二人とも誤魔化すの下手なんだから……」 「い、妹ちゃん?何か言った?よね?」 「んー?なんのことー?」 あれ、ホントに幻聴かしら。動揺したらだめよ。しっかりしなさい。 あ、そういえば昨日買っておいたあれがあるはず。「キョン、冷蔵庫開けるわよ」 「ん?ああ、いいぞ」 いちおう聞いては見たけど返事は聞かずに冷蔵庫を開けてあれを取り出……って、ないわ。 「ちょっとキョン!あたしのプリン食べたでしょ!?」 「は?い、いや、俺は食べてないぞ。まじで」 「ごめーん、ハルにゃん。私がつい食べちゃった。てへっ」 「そうなの?まぁしょうがないわね」 「……って言っとけば誤魔化せるわよね。ふふふっ……」 「い、妹ちゃん?今度こそ何か言ったわよね?」 「うん。プリンおいしかったよーって」 あれ、そうかしら?何か全然違うこと言ってた気がするけど。 「ま、まぁいいわ。後でキョンに買って来させましょ」 「って、俺かよ!」 そうして三人で笑い合う。ある晴れた日のこと。 『エピローグおまけ』 ―完―
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第五章 「喜緑です。覚えていますか?」 「忘れる筈がありませんよ。」 それにしても、どうやって此処へ入って来たのだろうか。 「あばら骨にひびが入っていますね。今治してあげます。」 喜緑さんは俺の胸をさする。すると、不思議なことに、痛みが退いてきた。 「有難う御座います。」 「次は古泉君を。」 喜緑さんは古泉の方へ行って治療する。 「大丈夫か?古泉。」 「えぇ、なんとか。それより、気付いてますか?」 何が? 「長門さんが押されてきました。」 「あのままでは、マズいですね。」 「なんとかならないのですか?喜緑さん。」 「今から、情報統合思念体とデータリンクします。5分程時間を下さい。」 「分かりました。なんとか時間稼ぎをしますよ。」 「5分もつのか?10秒保たなかったお前が。」 「やらないで後悔するより、やって後悔した方がましですよ。 今は、僕が少しでもやらねばならないのです。」 いつの日かどこかで聞いた言葉だな。 「死ぬなよ。(嘘)」 古泉はグッと親指を立て、赤い玉になり、飛び発った。 「それでは、わたしも準備をします。」 喜緑さんは、何かを唱え始める。 「WORKING-STORAGE SECTION. 01 EOF…………」 全く理解出来ない呪文を唱える。しかも、だんだん早口になる。 周りから見れば、頭のおかしい人みたいだ。 俺は何をしようかな。 「ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉー!!!!」 いきなり奇声が聞こえた。 びっくりして空を見上げると、古泉が幾つもの赤い玉を放っている。 頭が一番おかしいのはあいつだな。呑気にこの状況を眺める俺も十分おかしいが。 「まだですか?そろそろやばいですよ。」 「今データのサーチとダウンロードを同時にやっています。 MOVE SIN-CODE(IDX) TO K-CO………」 なんか、腰が抜けてきた。 足がふらふらして、地面にぺたりと尻をつく。これでダメなら、どうしよう。 「ハルヒ………」 不意に、口から漏れた言葉に恥ずかしくなる。 「END-SEARACH END-READ END-PERFORM CLOSE SIN-FL KI-FL STOP RUN. 終わりました。」 「そうですか。」 「朝倉さん。降りて下さい。」 朝倉は手を止め、降りてくる。 長門と古泉は、じっと朝倉を見つめて動かない。 「来てたの。」 「来ちゃいました。」 「これが、情報統合思念体の意思ということ?」 「そうです。」 「わたしが抵抗しても、無駄ね……潮時か。」 「大人しく、消えますか?」 「おでん、食べたかったな。」 「情報構成抹消開始。」 「さようなら。みんな。もう、多分もう会わないけど。」 朝倉が消えていく。 「何をしたんですか?」 「彼女を構成している情報自体を削除しました。修復はほぼ不可能です。」 周りの風景が砂のように崩れ、俺が最初に見た荒れ地が姿を表す。 「時間がありません。わたし達もこの空間から帰りますよ。」 「わたしにつかまって。」 俺は長門の小さな手を掴んだ。 古泉は喜緑さんの手を掴む。 「それでは、行きますよ。」 喜緑さんがそう言うと、空間が歪む。 目眩がしてきた。 あぁ、気持ち悪い。 「………え?」 「やっぱり、やめた。」 夕日が差し込む。 通い馴れた部室。 長門の本が詰まった本棚や、 朝比奈さんの身に着けたコスプレ衣装。 古泉の持ってきた卓上ゲームと ハルヒが強奪したパソコン達。 全てが紅に染まる時。 その中に、俺とハルヒは包まれる。 生暖かい鮮血のような紅。 いや、 それは紛れもない血であった。 「キョン……ごめん……ごめんなさい。」 「何……故……?」 「分からない。分からないのよぉ。」 痛ぇ。 状況を把握したいが、意識がもうろうとする。 終わったな。俺。 最後に見えたのは、ハルヒの切腹だった。 唇にそっと何かが触れる。 「今、あたしも行くからね。」 くそったれ………バカハルヒ。 「大好き。………バカキョン。」 視界が真っ赤になる。ハルヒの血だろう。 そして、意識が途絶えた。 ……b……o…… …バ……ロ!! バーロー? 「バカ、起きろ!!!」 耳をつんざくような声がした。煩いぞハルヒ。 「全く、仏になっても寝るとは、いい度胸ね。」 仏が眠ってはいけないという規則は、聞いたことがない。 そんな事より、人を仏呼ばわりするのは早過ぎではないか? すると、ハルヒは大きな溜め息を吐く。 「呑気なものね。あんた、鈍感というより、マヌケよ。下見なさい。」 「おぉ!?」 下には俺とハルヒがいた。良く出来た人形だな。 「これが人形に見えるなら、あんたの目はふしあなよ。」 なら、ドッペルゲンガーか? 「んな訳ないでしょ!!もういい。やめて。こっちが恥ずかしい。」 こういう時は、状況整理が必要だ。 今日の事から思い出そう。 起きる。 寝る。 起こされる。 朝は、パンに味噌汁がベスト。 学校行く。 手紙ある。(5時に教室) 足し算を間違える。 就職を漢字で書けない。 5時に教室へ行く。 ハルヒに襲われる。 長門が止める。 夢の中へ 朝倉やっつける。 ハルヒに刺される。 パトラッシュ。僕もう、だめぽ。 と、いう訳で、俺達は死んでしまった。 不思議と悲しくはなかった。ハルヒと一緒だからだろうか。実感が湧かない。 もし一人なら、死んだことに気づかず、地縛霊になったのだろうに。 しかし、疑問が残る。何故、長門がいない。前回(夢の中)朝倉が言った事と関係があるのだろうか? 気は乗らないがハルヒに聞いてみるか。 「長門は?」 「今日は一度も会ってないわ。」 「夢を見たよな。」 「は?見てないわよ。それってなんの話よ。」 「だけどよ………」 それで俺は口を止めた。これ以上、話をしても多分無駄だろう。 「ごめん、キョン。」 「謝る必要ないさ。」 「ごめんなさい。あんな事して。」 今日のハルヒは謝り過ぎだ。 喜怒哀楽が激しい人間だな。こいつの場合ほとんど「怒」の割合が多いが。 しかしおかしい。何か変だ。どこかに矛盾があるような。 その時、ドアが開く。 「有希!?」 長門が入ってくる。 「…………。」 部屋に入ると。辺りを見回す。どうやら、俺達には気づかないようだ。 「…………。」 長門は何か呟くと、その場から立ち去った。 「何て言ったのかしら?小さすぎて聞こえなかったけど。」 「分からん。」 長門のことだ。もしかしたら、何か知ってるはずだ。 しかし、さっきの様子は明らかに俺に気づいていない。 期待と不安が入り混じる。あいつを使えばもしかしたら……… 「きゃぁぁぁぁー!!」 な、何だ!? 「バド部の連中だわ。部活帰りに立ち寄ったのね。」 その後、救急・警察が来て、俺達の死亡が世間へ広まった。 警察は俺達の事を、無理心中と判断した。 どこぞの名探偵が来たが、お手上げらしい。 世間もそれで納得したらしく、「可哀想」の一言で片付けられた。 その後、ハルヒとこれからどうするかを話ていると、目の前に誰かが現れた。 「こんばんは。」 20代の女性だろうか。日本人に見える。この人も幽霊なのだろうか。 「見えてるようね。あたし達のこと。」 どちら様です? 「簡単にご説明すると、あの世の者です。単刀直入に申し上げます。今すぐあの世に逝きますか?」 いきなりそんな事言われても困ります。 「大概の方がそうおっしゃられます。 ですので、こちらの時間で、えーっと………49日程の死亡猶予期間が与えられています。 それを過ぎると罰則が加担されます。」 「待て。何故俺達が、あなた達の規則に合わせねばならないのです。 死んでも、誰かに縛られるのは嫌ですよ。」 「ごもっともな意見です。しかし、本来死亡なされたあなた方は、下界に干渉する権利も御座いません。 また、下界に霊がごちゃごちゃいても、困りませんか?」 頷くしかなかった。 「逝きましょう。キョン。あたし達がこの世にいても、邪魔なだけよ。 死んだことは事実だし、それを受け入れるのが礼儀よ。」 「宜しいのですか?」 「だが断る。」 「何で?」 「俺の家族への挨拶はどうでも良いが、俺はお前の両親への挨拶くらいはしたい。」 「それって……」 ハルヒは顔を赤らめる。 「うふふ、分かりました。では、また49日後に迎えに来ます。」 「すみません。有難う御座います。」 「お幸せに。」 そう言うと、彼女はどこかへ消えて行った。 「キョン……こんな…あたしで良いの?」 「あぁ勿論。」 「うぅ……あ゛り゛がどう゛。」 泣くのか? 「な゛、泣いだりじない゛。ぢてないわよ。」 「行こう。」 「……うん。」 そっとハルヒの肩を抱き、両親へと挨拶に向かった。 「あったかい。」 「おばけなのにか?」 「気分だけよ。」 翌日、学校ではこの事を公表する。泣く人あれば、知らん顔ありだった。 クラスで岡部が泣いたのには笑った。 自分のために泣いてくれているというのに、不謹慎だな。俺は。 女子の方々は、大体の人が泣いていた。 男は、担任の岡部しか泣いていなかった。 谷口の姿はまだ見えない。国木田は、どこか上の空だった。 「あんまり面識の無い奴までが泣いてるなんて、変な気分ね。」 「同情してるんだろうよ。バカなカップルが将来を苦にして、自殺。 ロミオとジュリエットとは似て非なる話だ。 だが、お涙頂戴な悲劇には、相当するんじゃないか?」 「カップルに見えてたのかな……あたし達。」 おばけのくせに頬を赤らめてハルヒは言った。 どう返答すれば良いか分からず、ぶっきらぼうな返事を返すと、 ハルヒは「ごめんなさい」などと、謝る。今更謝られても仕方ない。 「気にするな。」と頭を撫でると、今度は泣く始末。 かなりの大音量だったので、誰か気付くのではと思ったが、 やはり、おばけの声は気付かないらしい。この1時間後、ハルヒはやっと泣き止んだ。 「今日は家に帰る。あんたも自分の家族に最後の別れくらい言ってあげなさい。 それと、明日は10時に駅前ね。SOS団のみんなに会うわよ。じゃあ解散。」 俺の返事を待たず、ハルヒは帰ってしまった。俺が断る訳は無いけどね。 前日は、家に帰らなかったから、久しぶりに見える。 家に入ると家族全員が揃ってた。 母親は洗濯、親父と妹はテレビ。 休日と変わらないような生活。 しかし、どいつもこいつも湿気た顔をしていた。 見ていて、こっちまで陰気臭くなる。 おっと、こんな事している場合じゃない。 ………いたいた。 「みゃー。」 よう、シャミ。見えてるみたいだな。 シャミセンはじっとこちらを見つめている。 悪いが、体借りるぞ。 第六章へ
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そして時間遡行。亀的TPDDの内部には、後部にやたらでかいグラウンド整地用のローラーみたいなものが取り付けられており、みゆきが稼動させている間中、それに対応するように幾何学的な模様が描き出されていた。これが技術革新によって、あの小さい金属棒へと変貌するんだろう。 とまあ、これ以外に時間遡行中に特筆すべきものはなかった。そして俺たちが着いた先は……。 「……同じ公園、か?」 多分、さっきまで居た公園と一緒なのは間違いない。ただ、備え付けの設備が若干綺麗だったり、後でペンキの塗り替えでもしたのだろうかという感じで俺の知っているものとは色違いな遊具がある。それに……、 「フフ。ちゃんと時間が止まってるみたいですね」 なんで時間を止めなければならないのかも疑問だが、それは瑣末な問題でしかない。朝比奈さん(大)に聞けばわかるかも知れんが、俺は実行あるのみだ。よって聞かない。 「……ハルヒは、どこだ?」 こっちの方が重要なのであり、俺にとってこれ以外の考え事は要らないのだ。 「えっと、たしか……あ、いましたっ」 みゆきが嬉しそうに指を差す方向には空中で停止したブランコがあり、その下に何やら伏した人影があった。 「あれがハルヒか」 もしかしてあいつ……ブランコ漕いでる最中に時間が止まって、そのまま下に落下したんじゃないだろうな? それちょっと面白いなと思いながら近づき、 「おい、大丈夫か?」 俺は人影へと話しかけた。その人はまさしくハルヒで、ハルヒは立ち上がりながら東中の制服についた泥を払い、 「…………」 俺の呼びかけに全くの無反応を示した。 「お前、涼宮ハルヒだよな?」 「…………」 ハルヒはまるで死ぬほどツマラナイギャグを言った奴を見るような冷徹な視線を俺に向け、すぐに踵を返しスタスタと歩き去ろうとした。 「ちょっと待ってくれ」 「…………」 なおも無視して何処かへ行こうとするハルヒ。俺はハルヒの腕を掴んで静止させようとすると、 「なにすんのよ!」 お前は何でなにも反応しないんだと言いたい。 「……ふん」 顔を背けやがった。 「ってかさ、この状況がまず変だと思わないのか? お前が乗ってたブランコを見てみろ。あいつ、ニュートンにケンカ売ってるぞ」 不自然に宙へと浮かぶブランコの椅子を見せると、 「くだらないわ」 「……くだらないだって? お前、こういう不思議なモンが好物じゃないのか?」 「……まず、あんたは誰なのよ」 「ジョン・スミス」 「帰れ」 帰るわけにはいかないので、 「お前さ、宇宙人や未来人や超能力者に会いたいって思ってるんじゃないか?」 「…………」 「喜べ。あそこで手を振ってる女の子はな、実は、宇宙人で未来人で魔法使いなんだ」 「……じゃあ、あんたは何者なのよ?」 「強いて言うなら……未来人だな」 「あの子と被ってるじゃない。あんた必要ないわね」 「……とにかく、今から俺について来て欲しいんだ。理由は、行けば分かる」 「ぶっ殺されたいの?」 ぶっ殺されたくはねえな。 「じゃあ帰れ」 ……と言って、沈黙。なんか、一つだけ分かったことがある。無口なハルヒは…… 本気でまったくもってハッキリと可愛くない。 なんなんだ? このダークハルヒの覇気の無さは。これなら、まだ俺の知ってる……雪も降らずに庭駆け回るハルヒの方がマシだ。 それにこいつ、中学に入ってからは不思議探しに精を出すんじゃなかったのか? 今、目の前にタイムマシンやらなんやらがあるというのに、なぜこんなに興味を示さないんだろうか。 「キョン先輩っ、どうしたんですか? 早く帰らないと怒られちゃいますよー?」 離れからみゆきがそう叫ぶと、 「なによあんた。キョン? ジョンじゃないの?」 うーん……ばれても良かったのだろうか。だがまあキョンもジョンも、このハルヒにしたら変わりゃしないか。多分。 「好きな方で呼んでくれ」 「馬鹿キョン」 チョップ。 「……痛いわねっ! なにすんのよ!」 「わがまま言ってないで、早く行くぞハルヒ」 「無茶言ってんのはどっちよ!?」 悲しいくらい俺だったが、 「今から、他の宇宙人や未来人や超能力者と会いに行くんだ。お前、そーいうのに会いたいんじゃないのか?」 ……これに対してハルヒは、俺の耳がオカシクなったのかと思うような言葉を吐いた。 「――そんなの、いるわけないじゃない!」 このハルヒは何を言っているんだろう。いや、至極まともなことを言ってはいるが、おかしいじゃないか。 こいつは、それらを探してこれから中学時代を過ごしていくはずだ。なんでそれを否定する。むしろ、喜び勇んで飛びついてくるとばかり思っていたが。 「……いい加減にしてよ」 ハルヒは呆れたように言い、盛大な嘆息を一つついた後に、 「……あたしもヤキがまわったものね。現実がツマンナイからって、こんな夢を見るだなんて。……ホント、なっさけない」 ――こいつは、これが夢だと思ってんのか。確かに常識人は、このイレギュラーな状態をそのまま認知はしないのだろうし。 「……夢だってかまわん。とにかく、お前はどうする? 俺についてくるのか、こないのか」 来ないと言われたら困り果てる次第だったが、 「……わかったわよ。どうせ夢だしさ。ついてったげる」 「――ああ、すまないな」 この特異な空間が功を奏したのだろう。ハルヒはついてくると言い、俺たちはハルヒを連れて元の時間の公園へと戻った。 「二人とも、お疲れ様。大変でした?」 いやあ、途中で殺されかけましたが概ね問題なしです。 「ふふ。みゆきもごくろうさま。操縦はどうだった?」 「んー。なんだか、絵を描きながら計算してるみたいだったかな?」 みゆきはなにやら意味深なことを言っている。 「ねえキョン。この女の人は何? 宇宙人?」 このハルヒも俺に対する呼称はキョンに決めたのかと思いながら、 「この美人なお姉さんは朝比奈みくるさんと言ってだな、未来人だ。あそこにいる可愛らしい童顔の女の子も同一人物で、彼女のもっと未来の姿がこの朝比奈さんになる」 「ふうん。他には?」 「あの不揃いのショートヘアと緑髪の人が宇宙人で、順繰りに長門有希と喜緑江美里さんだ。超能力者は……ん?」 古泉は……そうだった。あいつは今、長門の思念体と一緒に過去に行ってるんだっけ。 「古泉くんの紹介は、規定事項が終わってからで」 朝比奈さん(大)はハルヒに言い、 「では早速、《あの日》に……」 「その前にまず、一つ疑問があるんですが」 俺は朝比奈さん(大)に、 「俺たちが《あの日》へと行くのは二回目になりますよね。これはどういうことなんですか?」 と質問すると、 「この間の時間遡行は、時系列的に言えば二回目になるの。そして、これからの行動が一回目の《あの日》になるんです」 理解しかねていると、 「キョンくんが朝倉さんに刺されてしまったとき、あなたはこの中学生の涼宮さんを見ていたはずです。それが一回目の《あの日》……つまり、これからのわたしたちの行動を、あのときのキョンくんは見ていたの。そして前回の時間遡行の際、朝倉さんが消えて世界を修正した《あの日》は……実は、あれはSTCデータを切り取って未来に繋ぐための作業だったの」 ますます理解しかねて、俺は諦めた。 とにかく、俺がやることは唯一つ。単純明快だ。これからハルヒと長門と朝比奈さん(小)と《あの日》へ行き、朝倉に会う。俺は、あの朝倉にどう対応するのかを考えておかないとな。 「あの……」 っと、朝比奈さん(小)が、 「あたしは、また眠ってないといけないんですか……? あたしだって、その、みんなの力に……」 振り絞るように言い連ねると、朝比奈さん(大)は、 「あなたの気持ちは良く分かります。だって、わたしなんだもの」 過去の自分をニッコリと見つめて、 「今回はあなたに眠って貰う必要はありません。眠らせる理由もありませんし、あなたの力も必要なの」 「……あたしでも、長門さんの力になれるんですねっ!」 喜々として朝比奈さん(小)が言う。俺も、この朝比奈さんが自分で頑張れることには大いに賛成だ。 「……少し、よろしいでしょうか?」 「ふえ?」 不意に喜緑さんが言葉を挟み、長門を一瞥してから、 「現在この長門さんの端末には、長門さんの思念体が入っていません。ですので、暫定的なパーソナルデータを付加し自律的に行動できるよう設定しています。この長門さんは彼女本来の能力を発揮出来ますので、朝倉さんが襲ってきたとしても心配はないでしょう。ですが、その数の皆さんを守りながらではこの長門さんでも対応は厳しいと思われます。なので、そちらの小さい朝比奈みくるさんの情報を、暫定的にインターフェイスにおける知覚外領域へと変更する処置を行いたいのですが」 「それ、どういうことですか?」 俺が尋ねると、 「わたしたちのようなインターフェイスに、彼女の存在を捉えることが出来ないようにするということです」 つまり、あれか。九曜なんかが俺たちに姿を認識させない感じの情報操作だろう。確かにこの朝比奈さん(小)は俺たちの中でもっともか弱き守るべき存在だし、あの殺人鬼に狙われでもしたら一瞬だろう。 「でも、」朝比奈さん(小)は申しわけなさそうに「それだと、あたしが行く意味がないんじゃ……」 確かにそうである。姿を隠して不意打ちでもやるなら話は別だが、そんなことを朝比奈さんに任せる筈もなければ、俺もそんな朝比奈さんの姿を見たくはない。 「――えっと、小さいわたしには……視覚認識操作だけを行ってください。それで大丈夫ですから……」 大人の朝比奈さんはなぜか恥ずかしそうにそう言うと、 「了解しました。では……」 喜緑さんはスタスタと、朝比奈さん(小)はパタパタと互いに近寄り、そして『チュッ』という音を立て――? 「――ひゃっ! な……きみどりさ、ええええ!?」 「なんでしょう?」 いや、「なんでしょう?」って喜緑さん。さっき俺はすごいもんを見た気がするんですが。 という俺の質問は、 「キ、キス!?」 という単語でしか言葉に表されなかった。 そりゃそうだ。いきなり目の前で女子同士のキスなんぞ見せられたら、誰だって困惑して冷静な質問などできるはずもない。それが知った人同士だったなら……特に。 「わたしは、彼女にプログラムを送っただけです。それ以外の意味は先程の行動にはありません」 「……でもっ長門さんは、噛み付いてから、その……」 朝比奈さん(小)が火照った顔を両手で隠しながら、俺をそろそろと見ている。 「――長門さんが? それはどういう……」 と不思議そうに喜緑さんは言い、そして「――ああ、恐らくは」と何かに気付いた様子でニッコリと、 「長門さんは、照れていたんでしょう」 長門はキスが恥ずかしいから、手首に噛み付き攻撃をしてたってのか? ――なんだ、あいつにもそういう可愛いところが……、 「……ちょっとキョン。あたしはどうすればいいのよ? あんた、あたしに女同士の濡れ場を見せたかったわけ?」 なわけないだろうが。時まで超えてそんな目的って、どんな変態だ。それ。 俺とハルヒがヒソヒソ話――ハルヒは大声だったが――をしていると 「……それでは皆さん。後は行動あるのみです」 朝比奈さん(大)はここ一番凛々しく決意に満ちた顔で、 「この規定事項は、SOS団とわたしの未来……いえ、わたしたちの未来を発生させるために必要な《最重要項》になります。そして、これから向かう《あの日》には他の分岐も存在し、もしそちらが選ばれてしまった場合、この世界は存在できなくなってしまう可能性も存在します。その分岐とは――――いえ、これは言わなくてもいいですね。わたしはキョンくんを……みんなを、信じていますから」 朝比奈さん(大)はみゆきを自分へと呼び寄せ、 「みゆきはお留守番。わたしたちが帰ってくるまで待っててね」 「うんっ。待ってるっ」 みゆきは元気な笑顔で返事をし、俺を向いてシャドーボクシングをしながら、 「いまから朝倉っていう悪い人と会いにいくんですよね? あたしの代わりに、先輩がその人の根性を叩き直してあげてくださいよっ」 相手はナイフ持ちだから実力行使は出来ないが、とにかくまた刺されるようなことには……ならないよな? 「情報統合思念体……そしてわたしからも、長門さんをお願いします。朝倉さんは長門さんにとってのバックアップですので、今回の行動では彼女が鍵になっているでしょう」 喜緑さんに受けた恩もありますし、第一、長門に受けた恩も計り知れない。だが……そんなこととは関係なく、俺は全力で長門を助けにいきますよ。大事な仲間としてね。 「キョンくんたちが向かう時空間座標は前回と同じです。喜緑さん、みゆきをお願いします」 そして大人の朝比奈さんは俺の目の奥を見通すような視線を向け、 「……きっと、大丈夫」 お色気お姉さんから元気を注入されて俄然やる気になっていると、 「ねえ、またどこかに行くの? あたしも何かやんなきゃいけないの?」 決まってる。《あの日》へ行って、長門を助けるために、あいつに話を聞きに行くんだ。 「……わけわかんない。大体、SOS団ってなによ。あんたたちはなんなのよ?」 「ん。SOS団ってのはだな、世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団の略称で、俺たちはその団員なのさ。そして、もちろん団長はお前だ。お前が高校に入って、俺たちを集めてくれる予定なんだ」 ……ハルヒ。俺たちは、お前に団長になってもらわんと非常に困る。お前じゃなきゃダメなんだ。高校に入ってみんなを見つけられるのはお前以外にいやしないだろうし、俺だって…………涼宮ハルヒって奴は、嫌いじゃないんだしさ。 「………ふうん」 ハルヒはにべもなく呟くと、そのまま何かを考えるように沈黙した。 「あ、いけない。忘れるところでした」 朝比奈さん(大)は紺色ミニタイトのポケットへと手を入れ、 「これ、キョンくんにあげます。お守り。失くさないでね」 ポトンと俺の手に渡されたのは、あの幾何学模様が入った金属棒だった。 「良いんですか? 頂いたりして」 「どうぞ。あなたの好きなように使ってもらって構いません」 使いどころなど思いつかないが、くれるのならありがたく頂戴しておこう。 「わたしはみなさんを見送った後、あの七夕へと向かいます。じゃあ、朝比奈みくる。みんなをお願いします」 小さいほうの朝比奈さんに合図をし、 「はい。では……行きますね。キョンくんと涼宮さんは目をつむって下さい」 俺は指示に従う前に、長門の姿を目に入れた。 ――長門。今まで……待たせてすまかったな。 そう心で思い、目をつむった俺に降りかかってきたのは、いくら体験しても慣れようのないTPDDの時間遡行に付属する強烈な不快感。ハルヒにこれを注意しておけばよかった、そういえば、亀的TPDDの乗り心地は悪くなかったな、などと考えていれるのは、やはり少しはこの感覚に慣れてきているからだろうか……。 そして目を開けた俺に見えたものは、校庭にたたずむ俺。それを見守る俺たち。だが、俺の視線を捉えて放さなかったのは……。 眼鏡姿の長門だった。 第五楽章・形
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今日は12月23日。 …… 時は夕刻。俺は最寄りの店へと寄っていた。いろんな人形やぬいぐるみを手にとり凝視する俺。 「おいおいキョン、まさかお前にそんな少女趣味があったとはなあ…正直失笑もんだぜ!!」 はてはて、特にこいつは影が薄いキャラ設定でもなかったはずだが…俺はこいつの気配に 今の今まで気づかなかった。ここ最近ハルヒの閉鎖空間云々といった騒ぎに巻き込まれず、 温和な日々が続いていたせいだとでもいうのか?すっかり外的要因を感知する能力が衰えていた。 「外的要因??キョン、そりゃあんまりじゃねーか?俺はお前の親友だろ?」 悪友といったほうが正しいような気もするが。とりあえず、少女趣味云々イミフなことを言うヤツは放置に限る。 「あーあー、さっきのは悪かったって!あれだろ?妹ちゃんにやるクリスマスプレゼント探してたんだろ??」 わかってるんじゃねーか…ったく、別に俺がからかわれるのには構わないんだけどな。 そういうことを鶏が朝一番に鳴くようなレベルの大声で言うなと… もし側に俺の知人がいたら、こいつはどう責任をとるつもりだったんだ。 「だから悪かったって言ってるだろ…マジごめんって。」 まあ、わかればいいさ。謝ってる相手に追い打ちをかけるほど俺は畜生ではない。 「ところで谷口、お前はこんなとこで何やってんだ?」 「単にジュース買いにきたってだけだぜ。」 ジュース程度なら外で自販機がいくらでもあるだろうが。なぜ、いちいちこんなデパートに? 「おいおいキョン、外のこんな暑さをみてそんなこと言うのか?冷房のきいた店に涼みに来たってのも兼ねて、 ついでにジュースを買いにきたってだけだ。別におかしくもなんともねーだろ?」 なるほど、筋は通ってる。 「しっかし、冬至だってんのに夏みたいに暑いとか、 いよいよ地球もオシマイだよな。地球温暖化もくるとこまで来たってわけだ。」 …こればかりは同意しておく。実は、今年は12月に入ってずっとこの調子なのだ。何がって? もちろん地球気温のことだ。炭素税、クリーン開発メカニズム、国内排出証取引、排出権取引、直接規制による CO2削減義務、気候変動枠組条約、京都議定書…数えればきりがない。それくらい俺たちは現代社会等で 温暖化対策を強く教わってきたし、各国もそれなりの規模で取り組んできたはずだ。 にもかかわらずこのザマである。 もはや、これでは人間の努力の範疇を超えてしまっているではないか。…そもそもである。 人間ごときが地球規模レベルの変革を推進できるという考え自体が…傲慢だったというのであろうか。 …まあしかし、こればかりは俺たち一個人、ましてや一高校生にどうこうできるレベルではない。 つまり、谷口含む俺たち地球人は…。この苦い現実を受け入れ、生きていくしかないということである。 …… しばらくして、ようやく妹へのプレゼントを買うことができた。 用事を済ませた俺は、谷口と一緒にデパートをあとにしたんだが…その直後だったか。 「?」 違和感が襲う。足に力が入らない。 …… なぜ…俺は宙に浮いているんだ? …?? 空に舞ったあと、物体はどうなる?誰もがわかるように、ただ地球の中心に向かって 落下するだけだ。不変の真理である万有引力の法則に基づき、俺は地面へと強く打ちつけられた。 …どれだけ時間が経過したのだろう。俺は目を覚ました。どうやら気を失っていたようだ…証拠に、 いまだに地面に打ち付けた衝撃で頭がグラグラする。打ちどころが悪ければ…まさか死んでたのか俺は。 …… 一体何が起こった??わけもわからず、俺は必死にさっきの事象を思い出そうとする。 しかし、それは叶わなかった。思い出すとか以前の問題だった。目の前に広がる光景以外…考えられなかったから。 「…なんだってんだ…?これは…?」 周辺道路に亀裂がはしってたり陥没してるのはなぜだ??さっきまで俺たちがいたデパートが… 跡形もなく崩れ去ってるのはなぜだ??…なぜ、ありえない形で看板に人が突き刺さってる?? あそこで転がっているのは何だ…?!体の一部か?遠くから…煙や火の手があがってんのはなぜだ?? 視覚で物事を把握した途端に、今度は聴覚が冴えてくる。 「助け…」 ?! 「ひ、火を消してくれえええええええええええ!!!!」 「だ、誰か!!」 「ああ…あああ…!!!!!」 「私の子供が…っ!!瓦礫の下敷きに!!!」 「うわああああ痛いよおおおお!!!」 何を騒いでるのだこの人たちは? 「ちょ…おい、ま、待ってくれ…何だこの状況は」 聴覚で物事を把握した途端に、今度は嗅覚が冴えてくる。 「う…!」 異臭に鼻をふさぐ。この臭いは…腐臭である。 一体何の…? …… にん…げん…? 視覚、聴覚、嗅覚が正常に機能して 初めて俺はこの場所で何が起こったのか…それを思い出した。 「こんな地震見たことねえぞ…!?」 そう、さきほどこの地域全域で地震が起こったのだ…それも、考えられないくらいの強い地震が…!! これまでの経験上、一度も地震に遭ったことがないのでなんとも言い難いが…震度やマグニチュードで言えば 関東大震災や阪神淡路大震災の比ではないのではないか…!??直感でそう思った。 根拠はあった。でなければ、縦型の地震とはいえ、人間が空に舞うなど絶対ありえないだろう…? …… まさかこんな事態に見舞われようとは、一体誰が予測できる??先程までの俺や谷口はそんなこと微塵も… ?そういえば谷口はどうなったんだ? 俺は辺りを眺める。おかしい、地震があったとき確かに谷口は俺と一緒にいたんだ… それなら、ヤツは気絶してる俺を叩き起こしたり、惨状を見て発狂したり、取り乱したり… とにかく、俺に存在感を示すに決まってるんだ…あいつはそんなヤツだ。しかし、その気配はない。 認めたくなかった。それが意味するところを、それだけは絶対認めたくなかった。 最悪の状況を回避してくれることをひたすら信じ、俺は必死に辺りを見回した。 ふと、数10メートル先に瓦礫に埋もれている人間を確認できた。 ぴくりとも動かないことから、おそらく死んでいるのだろう。そしてその人間の服に、俺は見覚えがある。 考えが途切れた 「ははっ…嘘だよな…おい、嘘だよな?」 側まで近付いてみて疑念が確信に変わった ケガをしてたっていい、瀕死だっていい、 とにかく生きてさえいりゃよかった 死んでさえいなけりゃよかった …… 「谷口よお…お前だけは殺しても死なねー男だと思ってたのによぉ…」 …ッ!! 「あ…ぁあ…あ、うああああああああああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」 その雄たけびが状況ゆえに発狂した奇声だったのか、友人を亡くしたことに対する怒声だったのか、 今にも崩壊しそうな自我を守るための悲鳴だったのか。今の俺には判断のしようがなかった。 というか、どうでもよかった。何もかもがどうでもよかった。 …… 「はははっ…」 俺は笑っていた。俺がさっきまで一緒にいたであろうヤツに 『外的要因を感知する能力が衰えていた。』と言ったことを思い出していたからだ…っ。 「さすがに…こんな大地震まで感知できるわけねえよ…っ」 皮肉とはこういうことをいうのだろうか。 それからどれだけの時間が経ったのだろうか。相変わらず、目の前には無残な光景が広がっており 悲鳴は絶えない。だが…どういうわけだ?理不尽にも、俺はこの状況に慣れつつあった。 例えば、ずっと暗闇の中で暮らしていれば、微量な光でも辺りを察知できるよう目は慣れてくるものだ。 ずっと大音量でイヤホンから音をたれ流していれば、耳はそれに順応するものだ。 同じことが起こっていた…それも、俺の全感覚を通じて。 落ち着きを取り戻した俺は、ようやく他のことに考えを回せる余裕をもった。次の瞬間、ある人物が脳裏をよぎった。 「…ハルヒ!!」 そうだ、ハルヒは一体どうなったんだ??まさかっ、死んじゃいないよな…?? 先程の谷口を思い浮かべ、俺は背筋に寒気が走った。すぐさまハルヒのもとにかけつけよう…ッ!! そう決心しようとした矢先に、大事なことを思い出した。 「…そういや、あいつは無意識のうちに願望を実現できる能力をもってんだよな…。」 ご察知の通り、涼宮ハルヒは自身の願望を実現させる能力を有している…それも無意識のうちに。 であるからして、ハルヒはとりあえずは無事だという結論に至った。人間危険な状況に臨めば誰しも 反射的に防衛反応をとる。ゆえに ハルヒが死ぬなんてことはまずありえないはずだ。 かく言う俺も、地震で宙に投げ出され地面に激突する際、確かに受け身をとっていた。…無意識のうちに。 わずかだが、今思い起こすとそういう記憶がある。 【ハルヒは無事だ】 そう納得した、いや、違う、納得したかったのは、実は他に理由がある。 それは…家族のことが気がかりだったからだ。ハルヒのほうが助かっているであろう根拠はあっても こっちは、生きている保証などどこにもないからだ…!! 「家に戻ろう…!!」 俺はすくんだ足をたちあがらせ、一目散へと自宅へ走り出した。 …… 自宅に着くまで時間はかからなかった。なぜなら、一々遠回りをせず、ほぼ直進してここまで来れたからである。 なぜ直進してこれたのか?障害物が見当たらなかったからである。いや、本来そこにあったはずのものが 瓦解消滅してしまった、という言い方のほうが適切であろう。その障害物とは何か?民家や塀のことである。 言わずもがな、住宅街はほぼ全壊していた。第二次世界大戦下で東京大空襲を経験した祖父から、 その様子を聞いたことがあったが…まさにそれがこの状況なのではないか?唯一の相違点は、今回は地震なため 空襲とは違い、そこまで火災があったわけではない。ないが、もはやそういう比較は意味を成さない。 双方とも言葉にできないくらいひどかったのは間違いないんだからな…。 民家はまるでダンプカーに押しつぶされたかのごとく、見事なまでに原型を失っている。 瓦礫の下から人間の手や足が覗いている。悲鳴やわけのわからない奇声があちこちからこだましている。 一歩一歩、歩くごと血を流し横たわってる死体…なれば、考えざるをえない。同じ境遇で生き残ってる俺は… 一体どこまで運がよかったのか…? 地獄絵図 しばらくして…俺は見つけた。 荒廃してて庭だったかどうか識別できない…そんな場所で、俺は倒れてる少女を見つけた。 「おい!しっかりしろ!大丈夫か!?」 すぐさま妹のもとにかけよる 「きょ、キョン君…」 凄惨な光景には見慣れていたはずだったが…さすがに、肉親の肢体のあちこちから出血させられてる姿を見て、 平然としていられるはずがない…っ!いや、ある意味平然としていたのかもしれない俺は。あまりのショックに。 「今、止めてやるからな!!」 …血のことだ。 俺はもっていたハンカチやティッシュ、そして次々にちぎった着ていた服を布代わりに、 とにかく俺は妹に応急処置を施した。しかし…あまりに傷が深すぎて…出血が止まらない…ッ 「くそ!!何で止まんねーんだよ!?!?」 自分は無力だと実感する。本当に自分は無力だと実感する。兄のくせに俺は…! 妹のために何もしてやれないのか!?このまま何もしてやれないまま…妹は死んでいくのか!? …そうだ!!ハルヒに!!ハルヒに会えばいい!!ハルヒに会って妹の生存を望ませれば 妹は助かる!!よし、今すぐにハルヒをここに連れてきて 「おにい…ちゃん………」 !! 妹が何かをしゃべろうとしてることに気付いた。 「しゃべるな!!これ以上の出血はシャレになんねーんだぞ!?」 「もう…ながくない…よ。なんかね…さっきから意識が…消えそうだったり…」 「なら、尚更しゃべるんじゃねえ!!死ぬぞ!!」 「だか…ら。最後に…言わ…せて」 妹が最後の力を振り絞って何かを言わんとしていることがわかった。もはやその声はかすれ声そのもので、 読唇術でも使わない限り音声を完璧に把握できない…そう言っても過言ではないほど、事態は深刻なものに なっていた。俺は全身全霊をもってその言葉に耳を傾けた。決して、決して聞き逃さないように…! 「いま…ま…で」 …… 「あり…が…、……………………………」 その後、妹が口を開くことは二度となかった。どうやら、俺のかばんの中に入ってるぬいぐるみは 用無しになっちまったらしい。生きていて、そしていつものように笑顔を見せるお前に渡したかった。 …そういえばお前、最後の最後で俺のこと お兄ちゃんってちゃんと呼んでくれたんだな…はは…なんだかな。 こぼれきれないほどの涙が 目から氾濫する …… しばらくして、俺は放心状態のまま家をうろついた。そこで俺は…親父とおふくろを発見した。 しかし…すでに息はない。 …… 追い打ちとはこういうことを言うのか 俺の自我は 崩 壊 し た ナ ゼ コ ン ナ コ ト ニ ナ ッ タ ? リピート機能がついた壊れたレコーダーのごとく 延々と脳内から再生される片言 いつまでも、延々と ただその機械は 一定の行動を繰り返すだけだった …しばらくして、その輪廻から俺を解放してくれたのはある声だった。ある声といっても、 そこら中で聞こえてる悲鳴や轟音ではない。不思議なことに、その声は俺の脳内だけで鳴っているようだった。 これが幻聴というやつか?ついに俺も気が狂ってしまったか。まあ、こればかりはもうどうしようもないじゃないか。 これで狂わない人間など、もはやそいつは人間ではない。 しかし、その声がどこかで聞き覚えのあるように思えるのは…どういうわけだ? 『…けて……た……て…!』 何回も聞くうちに、しだいに何を言っているのか…聞き取れるようになっていた。 『助けて!キョン!助けて!!』 …確かにこう聞こえた。 …… これは…ハルヒの声…??どういうわけかはわからんが、俺の脳内にこだまするこの声は… ハルヒのものか!?ハルヒが俺に…助けを求めてるのか!? 例の特別な能力のおかげでハルヒの安否については大丈夫だろうと踏んでいた俺だったが… まさか、俺に助けを求めるほど事態が窮してたとでもいうのか!? 「くそお!!」 壁に拳を殴りつける。友人が死に、家族も死んだ…その上、ハルヒも死なせるのか…? 「これ以上誰も死なせてたまるか…!」 気がつけば俺は飛び出していた。どこにいるのかすらわからない涼宮ハルヒの行方を追って… いたるところを探し続けた。ハルヒの家、公園、商店街、広場…正しくはその跡を。 いずれの場所にもハルヒは見当たらなかった。一体ハルヒはどこに…!? っ!! 地面がまだ少し揺れている…余震はまだ収まっちゃいないってのか。とりあえず、この周辺がどうなってるのか 把握する必要がある。かといって、余震があることがわかった今、闇雲に歩き回るのは危険だが…そうだ、 携帯で地震速報を見ればいいわけか…!?あまりのショックの連続で、すっかり携帯電話の存在を 忘却してしまっていた。ついでにこれで…長門にも連絡しておくか…。とりあえず、 あいつなら力になってくれるはずだ!ハルヒにもその後かけよう…! …? どういうわけだ…??電話もメールも…できない? 特に壊れた様子もない。にもかかわらず 主要機能が総じてシャットアウトしてしまっている…?? くそッ!!これじゃ一体どうしろってんだ!? …… いかん…落ちつけ…。状況が状況だ。今ハルヒを放って発狂するわけにはいかない…。 「…それならラジオはどうだ?何とかなるんじゃないか?」 俺は側にあった倒壊しきった民家に立ち入り、ラジオを探した。 …ああ、わかってる。非常識極まりない行動だってことは…おまけに、見つかるかどうかもわからない。 だが、今の俺には何か一つでもいいから自分を安心できる材料が欲しかったんだろうな。 「ぁ…」 今思えばそれは必然ともいえる光景だった。誰かが屋根の下敷きとなっている。 生きてる気配は感じられなかった。 …… 俺は黙祷を捧げた… 一体何人の人が、この震災で命を落としたのであろうか…? これだけの地震だ。死傷者数・行方不明者数は過去最悪になっていてもおかしくない…。 右往左往しているうちにラジオが見つかった。この状態で見つかったのだから、ほとんど奇跡に近い。 もっとも、それが奇跡だと実感できる精神的余裕は、今の俺にはなかった。 …さっそく電源を入れる。 「~~~~~~~~~~~~~~」 しかし ガーガー雑音が鳴るだけで、一切音声は聞き取れなかった。 やりきれない思いが爆発しそうになる。どういうわけかはわからないが、 なぜかラジオまでもが機能しないらしい。…どうして!?どうして機能しない…!!? …… とにかくダメだとわかった今、自力でハルヒを探す他ない。…しかし、ハルヒはどこにいるというんだ?? 落ち着いて考えてみる。 …… 俺は賭けにでた。 「ハルヒ!!」 ようやくハルヒを見つけた…旧校舎近くで。よくよく考えりゃ、ハルヒが一番いそうな場所だからな…。 「キョン…無事だったのね…よかった…。」 「?どうしたハルヒ、大丈夫か??」 異様なくらいハルヒに元気がないのが見てとれる。いや、元気がないとかそういう問題ではない。 体を震わせて何かに脅えている…そんな感じだ。ライオンがシマウマを見て逃げ出すなんてことは 天変地異でも起こりえないことだが、今のハルヒは、まさにそのライオンに置き換えることができる。 …… 見た限り、ハルヒはケガなど身体的外傷を負っている様子はない。どうやら、顔が青いのは そのせいではないらしい。…さすが能力様様と言ったところか。とりあえず、ハルヒは無事だ…! そのことがわかり、俺は安心した。ということは、原因は精神的なものか…?そりゃ、この光景を見れば… いたるところに生徒の屍が転がっている。 …… 幸いなのが、今日が日曜だったということ…、もしこれが平日だったならば… 今俺たちが見ているこの光景は、今よりずっと杜撰だったのであろうか…? …わざわざ日曜だというのに学校に出向き、先程まで懸命に汗を流していたはずの彼ら。 まさかこれほどの規模の地震に遭うとは…ついさっき生きてる時は想像もしてなかったはずだ…ッ。 俺は…、彼らに静かに…黙祷を捧げた。 最悪の事態 ハルヒが精神を病むのも当然だろう。 しかし、ハルヒの様子がおかしいのは…どうもそれだけが原因には俺には思えなかった。 凄惨な光景のみで具合を悪くしているのだとしたら、俺もそうである。いくら見慣れたといえど、 あんな光景は二度と見たくもないし思い出したくもない。いまだに背筋がゾッとする… だが、ハルヒは何か俺のそれとは違う。うまく説明できないが…とにかくそんな気がする。 考えてみれば、ハルヒが無意識のうちに願望を実現できるっていうのは事実だ。仮に、この光景のせいで 気分を害しているのだとしたら、ハルヒは無意識のうちに…これを見たくないと思うはず。…ならば、 極論を言えば、ここにある死体ともども消滅させることだってハルヒには…造作もないはずだ。 「ハルヒ、お前…本当にどうしたんだ…?」 なるべく刺激しないように、かつ精一杯の優しい口調で、俺はハルヒに語りかけてみた。 「あ…あたしは…、自分自身が怖い…っ」 予想外の返答が返ってきた。 …自分自身?? 「ハルヒ、そりゃ一体どういう…」 気付けばハルヒは泣いていた。 「もう…あたし、どうしたらいいか……って、キョン!?」 あまりに不憫すぎるその挙動を見たせいか、気付いたときには俺は、ハルヒを抱きしめていた。 …普段の俺ならこんな言動はまずありえない。それくらいに、事態はやばかった。 …何がハルヒをここまで追い詰めているのかはわからない。だが… とりあえず、今は少しでもこいつを安心させてあげたい…とにかくその一心からでた行動だった。 「キョン…あたし…あたしは……」 ? その瞬間だった。俺の視界が真っ暗になったのだ。目をつむってもないのに真っ暗になるとは 一体どういうわけだ?俺が今立ってハルヒを抱きしめてる感覚はあるから、気絶したとか そういうわけではないらしい。日が暮れて夜になったからか?いや、それもおかしい。 まるで、辺りが黒いカーテンにでも覆われたのではないか?と言っていいくらい…何一つ周りは見えなかった。 確かに、地震で街灯などといった光源体は破損しているかもしれない。しかし、空に星さえ見えないというのは どう説明すればいいんだ??第一、急に真っ暗になったことを考慮すると…とてもではないが、 単に日が沈んだとかそういう問題でもない。…じゃあ、この状況は一体何だ…? 「キョン…どうして真っ暗に…??」 「……」 ただ確実に言えることは、これが異常事態以外の何物でもない、ということである。 …… まあ、あのとてつもない地震からして、すでに異常事態なわけだが…。 ふと冷静に考えてみる。そもそもあんな地震、いくら日本が地震大国と言えどそうそうあるようなものじゃない。 第一震度からして桁違いだし異常すぎる。それに、小さな地震ならともかく大震災レベルともなれば普通は… もっと警告なり何だのあってもよかったはずだろ…!?東海大地震や第二次関東大震災のごとくな…!! もちろん、俺たちの住む地域でこんな地震が起こるなんて噂…聞いたことがない。一回も聞いたことがない…! それすらなく、俺たちは…突発的にこの一連の大惨事に巻き込まれた。 もしかしてこの暗闇と地震は…何か関係あるのだろうか…? !! そんなことを考えてる余裕もなくなった。あたりが冷えだした…それも急激に。 わけがわからない。本当、何がどうなってるんだ??地震に暗闇に、 そしてこの極寒…まともな思考の人間なら、今頃発狂していてもおかしくはない。 そうはならないのが、俺がハルヒたちとともに、これまでいろんな修羅場をくぐってきた慣れというもんなのか…? 「これから一体どうなっちゃうんだろう…??」 身震いするハルヒ…。もっとも、この震えは寒さからくるものであって さっきまでの原因不明の震えとは性質が異なるみたいだが… ッ!? いかん、気温の低下に拍車がかからねえ…!普通に氷点下下回ってんじゃねーかこれ?! いや、もはやそういう次元でもないらしい。なんせ、今にも意識がとびそうなんだからな…ッ! …… いや、ダメだ…!今ここで倒れたら…ハルヒはどうなるんだ…!!? …… 俺は今まで以上に強く、強くハルヒを抱きしめていた。ただ体を密着させるだけで… この極寒に勝てるほどの熱を出せるとは、到底思わない。…だが!!今の俺にはそうする他なかった…っ 「守ってね……あたしを。」 会話はそこで終了した いつのまにか 俺は意識を失っていた 暗闇を彷徨っていた
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【仮説3】その1 「宇宙ひも理論-通常空間」 「宇宙ひも理論-ひも1本」 「宇宙ひも理論-ひも2本」 「海軍将校長門」 Illustration どこここ 「さあっ、はじまるざますよ。第一回時間移動技術会議でがんす」 ハルヒ、そんな数ヶ月もすりゃ元ネタが分からなくなるような賞味期限付きのネタはやめろって。 「こないだから熱心に勉強してくれているハカセくんがタイムマシンの作り方を教えてくれるわ。キョン、ちゃんと耳をほじって聞きなさい」 「そんな、涼宮姉さん、まだ理論も完成していません……」 ハカセくんがぽっと顔を赤らめた。思いのほか気が小さいらしい。 「まあまあ、小学生相手に理科の授業をやると思って、気楽にやってくれ」 朝比奈さんが入れてくれた緑茶で落ち着くと、ハカセくんはパネルを示しながら言った。 「今の科学で時間移動につながりそうな理論を探してみました。無限の長さの宇宙ひもを使った理論らしいのですが、一九四九年にクルトゲーデルという数学者が提唱しました」 「宇宙、ひも?そんな昔に?」 長門に付き合って宇宙という言葉にそれほど違和感を感じなくなっている俺だが、それにひもがついているのがどういう状態なのか、いくら考えても想像できない。 「宇宙ひもというのは、この宇宙が生まれたときに発生したと考えられているひも状の物体です。自転していて、質量がハンパじゃないくらいに大きいです。僕たちが住んでいる宇宙を帯のように横断しているんじゃないかと言われています」 なるほど。ともかく重たいひもらしい。 「これでどうやって時間移動するかというと、まず一枚目の絵を見てください」 黒い背景に青い円盤が水平に置かれている絵を指した。 「通常の空間では、このスタート地点から円のまわりを一周して戻ってくるまでに三分かかるとします」 これはふつうにある物理だよな。 「次に二枚目をご覧ください。円の中心に長さが無限の宇宙ひもが一本あります。このひもはすごい速さで自転していて、そのまわりでは時間と空間が巻き込まれる感じに歪んでいます。そして、このまわりを一周すると二分五十秒で済みます」 なるほど。空間と同時に時間も縮んでいると考えればいいのかな。 「三枚めをご覧ください。この絵では宇宙ひもが二本立っています。この二本は互いに移動しています。このとき、片方のひもの空間の歪みがもう片方の歪みを取り込み、一周するとなんとスタートした時間より三十秒前に戻ってしまいます。これが宇宙ひもによる過去への時間移動です」 じゃあ三本ではどうなるんですかと質問してハカセくんを困らせてはかわいそうなので、後で長門に聞くことにしよう。ハルヒはぽかんとした顔をしている。 「もう少し詳しい話をします。アインシュタインの一般相対論によると、物体のまわりは時間と空間が歪んでいることになっています。宇宙ひものような質量の高い物体のまわりでは空間が歪んでいて、さらに自転しているために回転方向に沿って捻じ曲がっているのですが、」 ハカセくんはもっといい例えはないかと考えていたようだが、ふと俺に目を向けた。 「風呂の栓を抜くと水がぐるぐると回りながら吸い込まれていきますよね、あんな感じに時空が捻じ曲がっているわけです」 分かりやすいっちゃ分かりやすいが、それは俺のレベルに合わせてくれたのか、ありがたいのかありがたくないのか。 「このねじれが時間までも回転方向に横倒しにしてしまい、過去と未来が繋がってしまいます。これをレンズ-シリング効果と呼ぶらしいです」 「その、繋がった時間のせいでスタートした時間より前に戻るってことか」 「そうです」 ハカセくんはうんうんとうなずいた。 「ポイントは二つの宇宙ひもが互いに高速で移動している、というところにあるようです」 「で、その宇宙ひもって作れるの?」 「ええっと、宇宙ひもは負のエネルギーでできているらしいんですが。長門さん、どうでしょうか」 「……擬似的なものなら、作成可能」 それまで黙って聞いていた長門が口を開いた。 「……エキゾチック物質を加速してリングを作る。それを無限の長さと見なす」 エキゾチック物質?旅に出たくなるような物質か。あれ、このくだらん突っ込みにはなぜかデジャヴを感じる。 「そう。難しいことは分かんないから、実験に取り掛かってちょうだい。機材はどんどん買っちゃっていいわ」 おいおい、そんなこと言って、十人の給料をなんとか払っている会社の台所事情をご存知か。 そんな経理担当者の心配はどこ吹く風、次の日から実験機材と称する箱がどんどん納入されてきた。 「これどこに置けばいいんだ?会議室にでも置いとくか」 「……実験室の確保を申請する」 「そうね、せっかくやるんだったらちゃんとした研究施設が欲しいわよね」 「僕が手配しましょうか。不動産関係には心当たりがあるので」 「さすが古泉くん、持つべきは不動産に詳しい取締役よね」 言っとくが、古泉の心当たりってのは実在しないことになってる闇の組織なんだぞ。 古泉の手配とやらで同じ階のお隣さんが空き室になっていた。これ絶対機関の圧力で追い出されたんだよな、かわいそうに。四階を一社独占状態にした我がSOS団の実験機材がそっちに運び込まれた。ハルヒの要望で部屋と部屋の仕切りに穴を開けてドアが取り付けられた。わざわざ廊下に出て行くのがめんどくさいらしい。 実験機材というのは見たこともない機械類だった。厚さ三センチのガラスでできた、直径三メートルの密閉された筒。上の部分は天井まで届き、試験管の底みたいに丸くなっている。長門が設計した特注品なのらしい。それから巨大な電磁石が六個あり、特殊な構造らしく自分で丁寧に銅線を巻いていた。電磁石はガラスの筒のまわりに配置された。ほかにもビーム砲やら測定機器やらがところ狭しと並んでいる。 「長門、放射能漏れとかないよな」 俺はエナメル線を巻き巻きしている長門にこっそり聞いた。 「……大丈夫。部屋全体を、」 長門はちょっと言い淀んで視点をさまよわせ、「重力子フィールドで包む」と言った。 「ならいいが、危険がないように頼む」 「……分かった」 実験室には制御装置らしいパソコン類が何台も並んでいた。壁に長テーブルをくっつけ、それに液晶モニタをずらりと並べた。何度か機材のテストをして、最初の実験がはじまった。 「十五時四十四分、試作機初号、実験開始します」 「やってちょうだい」 実験用の白衣を着込んだハルヒが腕を組んでえらそうに言った。 「……電源投入」 「始動しました」 「……真空ポンプ作動」 ブルルルと音がして、プロパンガスのボンベを横にしたようなエアコンプレッサーぽい機械が動き始めた。でかいガラスの筒の中の空気を抜いているらしい。 「……磁性体コア稼動」 「了解。電源入りました」 「……加速砲用意」 「電源入ります」 ガラスの筒には二本の腕が伸びていて、ビーム砲に繋がっている。そこからエキゾチック物質とやらを打ち込むらしい。 「……照射開始」 長門の合図でハカセくんがスイッチを回した。ガラスの筒の中で一瞬だけ青白い火花が散ったが、その後はなにも起きない。長門もハカセくんも、そのまま数分間じっとしていた。 「何が起きてるんだ?」 「……照明を落として」 長門に言われて実験室の電灯を消した。部屋の中が真っ暗になるかと思われたが、そこで起っている現象を見て俺は目をしばたたいた。ガラスの筒の中に一本の薄紫色に光るリングが浮かび上がっている。 「……美しい」 長門が呟き、俺たちはうなずいた。 「このリングを見れるだけでもすごいわね」 「これ、回っているのか」 「……そう。これがエキゾチック物質」 「きれいですね。ふつうは見えないんですが、電子をくっつけて加速しています」 ハカセくんが補足した。 「……磁界を分離。リングを分解」 長門が呟いてキーボードのテンキーを叩くと光のリングが内側と外側に別れた。さらに二本とも少し太くなった気がする。じっと見つめていると、内側のリングが外側のリングを覆うようにして動き始めた。内側のリングの半径が伸びて外側のリングを包むように回り、また内側に入る。それを繰り返す。 「二本のリングがシンクロ開始しました」 「あ、つまりこれが二本の宇宙ひもってことか」 「そうです」 なるほど。分かりかけてきた。まずエキゾチック物質が円を描いて無限の長さと同じ状態になる。その円を二本作り、内側の円が外側の円を包むようにして回る。これを繰り返せば互いに動いてることになる。あとはスピードを上げればいいだけか。 「……正解。あなたにしては分かりやすい説明」 それ俺がいつも言ってるセリフじゃん。 内側のリングはだんだんと回る速度を増し、次第に一本の太い薄紫色のドーナツのようになった。これ、円周方向にも回ってるんだよな。ということはエキゾチック物質は螺旋を描いて回ってるってことか。今日の俺はいつになく冴えてるな。 「……コアの電圧を上げて。光速の八十パーセントを目標」 「了解。現在光速の五十五パーセントです」 ハカセくんはパソコンのモニタを眺めて数値を読み上げた。リングの色がだんだんと白っぽくなり、ついには目を開けていられないくらいに輝きを増した。 「シンクロ率が四百パーセントを超えました!」 どっかで聞いたようなセリフだな。次の瞬間、プーンともピューンともつかない音がしてリングが消えた。 「すごいわ、光速を超えたのね!」 「ブレーカーが落ちただけです」 「あらっ」 「……実験失敗。契約アンペアの変更を忘れていた」 「んーっ、しょうがないわ。失敗にめげずにがんばりまっしょーい」 ハルヒがグーで天を突くように背伸びをしながら叫んだ。失敗してるときの元気のよさがこれなら、成功したときにはいったいどうなるんだろう。銀河規模の情報爆発でも起こすんじゃないのか。 「今日はいいものを見せてもらったわ。キョン、電力会社に話つけといてね」 へいへい、どうせ俺は雑用ですよ。 部屋から出ようとして腕時計を見ると五時前だった。窓の外がやたら暗いので雨でも降ってるのかと顔を出したがそうでもなさそうだ。壁にかかっている時計を見ると七時を過ぎてしまっている。腕時計が壊れてるのかと思って振ってみたがちゃんと秒針は回っているようだ。ふと気になって古泉に尋ねた。 「おい古泉、お前の時計ちゃんと七時になってるか?」 「え、今五時ごろじゃないんですか」 俺は壁の時計を指して見せた。 「あれれ変ですね。僕の時計じゃ針もデジタル表示も五時なんですが」 「……リング周辺の時空が少し歪んでいた」 「ってことは二時間くらいタイムトラベルしちまったのか」 「ちょっとした浦島太郎の気分ですね。え、どうかしましたか?」 「いや、前にも似たようなことがなかったか」 「さあ、覚えていませんが。いつごろでしょうか」 「たぶん気のせいだ。気にするな」 翌日、電力会社の人がやってきて電線とブレーカーを交換して帰った。ソフトウェアの会社でそんな大容量をなにに使うのか怪しまれないかと思ったが、電気を大量に使ってくれるのはいい客らしくホクホク喜んでいた。定額割引サービスも適用してもらったが、果たしてどれくらい節約になるのか。 「十三時二十八分、実験開始します」 「やってちょうだい」 ハルヒが腕を組んでガラスの筒に見入っていた。ところが昨日のようなリングは生まれず、ブーンと消えていくような音がしてまた照明が消えた。 「またなの?もう、電力けちってんじゃないの、このビル」 ビルというより俺たちがアンペアを使いすぎてるだけだと思うが。 そのとき、部屋の南側の窓ガラスが割れ、いくつもの人影が飛び込んできた。SWATか海軍特殊部隊かと思わせるような風体のやつらがバラバラとなだれ込んできた。数人の黒装束が周囲を見回し、背中合わせにしてフォーメーションをとった。なんだありゃ、構えているのはアサルトライフルか!? いったい何が起こっているのか、状況判断と思考がなかなか前に進まないうちに大きな音を立ててドアが開いた。ノックくらいしろよと突っ込まないところはすでに俺はパニクってたに違いない。暗がりの中、廊下から射してくる蛍光灯の光だけが眩しく目に焼きついた。 開いたドアからこれまた黒装束が数人走りこんできた。そのうちのひとりが銀行強盗ばりの声色で叫んだ。 「全員動くな」 なんのイベントなんだこりゃ、ドッキリか。 「なんなのよあんたたち!」 「ハカセくんはどいつだ」 お前ら、ハカセくんの本名を知らないで来たのか。見かけによらず間抜けだな。 「名前などどうでもいい。どいつだ」 「ぼ、僕ですが」 ハカセくんだけを残して俺たちは実験室の外に連れ出された。 「お前ら全員、両手を上げろ。抵抗すれば撃つ」 「CIA?FBI?あんたらどこの組織よ!あたしがタイムマシンを作ってることを知っての襲撃ね、こんなことをしてタダじゃすまないから」 「黙れ、お前ら動くな。両手を頭の上にあげろ」 そのうちのひとりが俺たちに銃を向けた。俺たちは互いに顔を見合わせ、両手を頭の上に乗せた。数人が駆け寄って後ろ手にし、俺たちは両手と両足をインシュロックで縛られた。朝比奈さんを見たが、若い頃のようにオロオロとはしていなかった。ただじっと黒装束メンバーのひとりを睨みつけていた。 「抵抗すれば命の保証はない」 俺は聞き覚えのある女の声に、ふと知り合いの顔が浮かんだ。 「もしかしてその声は森さんでしょう!?」 「う。わたしはそのような名前ではない」 「それからそっちの、迷彩服着て頭にバンダナ巻いてるおっさん、あんた新川さんでしょう」 「なんのことやらさっぱり分かりませんなあ」 「ってことはこの中に多丸さん兄弟もいるってわけですね」 うちの二人がビクっとした。レンジャーだかSWATだか知らないが、あんたら向いてないわ。と突っ込まれたのが気に入らなかったらしく俺の足元に弾を四発撃ちこんだ。カーペットに穴が開き、焦げくさい煙が立ち込めた。実弾じゃないか、こいつらマジか、サバゲにしちゃ気合が入りすぎてるじゃないか。 古泉を見ると自分の立場をどうしたものか決めかねているようだった。こいつは以前、機関の命令に背いても一度きりなら俺たちの味方をすると約束している。 「森さん、状況を説明してください」 「その義務はない。お前はすでに機関の人間ではない」 「そ、そうだったんですか。なぜクビになったのか教えてもらえませんか」 森さんは答えるかわりに銃口を突きつけただけだった。 「あんたたち、何が目的なのよ」ハルヒが森さんと思しき黒装束に向かって叫んだ。 「時間移動技術のデータを破壊する」 「なんの恨みがあってそんなことすんのよ!」 ひとりがAKライフルをハルヒに突きつけようとした。俺はそれを見て頭に血が登り、立ち上がってそいつに体当たりした。二、三人がバラバラと駆け寄って俺を取り押さえ、森さんと思しきやつからしこたま蹴られた。 「お前たちのせいで三十億人が死んだ。我々はその要因を取り除くために来た」 「なんの映画だそりゃ」 「映画ではない。実際の歴史だ」 あ、もしかしてこいつら未来から来たのか。 「そうだ。お前たちが開発した時間移動技術が要因で国家間の軍事力バランスが大きく崩れた。日本が第二次大戦に勝利し核保有国となった。冷戦はなく延々と紛争が続いた。陸地の六十二パーセントが放射能に汚染されている」 「第二次大戦は過去の話だろう」 「お前の頭には時間の概念がないのか」 ってことは、未来にいたやつが歴史を書き換えたってことかな。 「それは分かりますが、その格好は何なんですか。あんたらもどこぞの兵隊?」 「機関はレジスタンスとして政府と戦っている」 「なるほど。ってちょっと待て、あんたらに正しい歴史の記憶があるのはなんでだ?」 その質問には森さんは答えず、その隣にいたやつが口を開いた。 「わたしが歴史を修復したからよ」 そ、その声は朝比奈さん!っていつものメンバーじゃないか。 「もしここで時間移動技術がなくなったら、あんたたちは全員消えてしまうんじゃないのか」 「それでもかまわないわ。世界が守られるならそれくらいの犠牲は安いものよ」 まったくなにカッコつけてんですか、朝比奈さんらしくない。こめかみに手を当てて頭痛を訴えたくなるようなセリフを聞いていると、実験室から爆発音が聞こえた。ガラスが飛び散り、黒い煙をモクモクと吐き出している。ガラスの筒その他実験器具が粉みじんになっていた。ああ、俺たちの出来損ないタイムマシンが無残な姿に。 「自分たちがやったことを償うがいい」 黒装束全員の姿が徐々に透けてゆき、やがてそいつらはかき消すように消えていった。非常ベルが鳴り、スプリンクラーから大量の水が降り注いだ。 なぜかここで暗転する予感がしたのだが、そうはならなかかった。手足を縛られたまま、俺たちはずぶ濡れになった。俺は朝比奈さんに耳打ちした。 「あの、今ここにいる朝比奈さんが消えないのはなぜなんでしょうか」 「さっき消えたわたしは、たぶん別の時間線のわたしなのでしょう」 「というと?」 「時間移動理論の資料と実験機材が破壊されたことで、涼宮さんが作るタイムマシンの歴史の流れは白紙に戻ったんだと思うわ。でもわたしが持っているTPDDは消えていないので、元の流れに戻っただけ、ということかしら」 「それじゃ発案者のハルヒが生きている限り同じことを繰り返すんじゃないですか」 「そうかもしれないわ」 俺はみんなを見回した。あいつらは口やかましさに閉口したのだろう、ハルヒの口をガムテープで封じていた。 「誰か両手が効くやつはいるか」 長門が両手を上げて見せた。ハサミで全員のインシュロックを切り離してまわった。 「ぷは、まったくもう!さっさと警察呼んで」 ハルヒの顔にガムテープを剥いだ跡が残っていた。警察を呼ぶのはまずい気がする。時間移動技術を研究しているなんてことが公の機関の耳に入ったりしたら、CIAやらモサドやらがやってくるに違いない。そもそも通報が原因であいつらがやってきたのかもしれない。 俺は長門に耳打ちした。 「長門、情報操作を頼む。これが世間に知られると厄介なことになりそうだ」 分かってくれているようで、長門は黙ってうなずいた。右手を上げて詠唱をはじめた。 「有希、なにそ……」 ハルヒがなにごとか言おうとしたが、部屋の中が分子再構成の嵐に見舞われて声はかき消された。光の粒子と化した部屋の残骸が竜巻のようにらせん状に回転して広がり、元あった机やロッカー、パソコンのモニタなんかに姿を変えていった。 「……終わった」 嵐が消えるといつもより整然と整った机と事務用品が現れ、全員が自分の椅子に座っていた。服は濡れておらず一滴の水もこぼれていない。だが部屋の電気は消えたままだった。 「え、あれ。なにやってたんだっけあたし」 「ブレーカーを戻そうとしてたんじゃないのか」 「そうだっけ、あ、そうだったわね」 ハルヒは椅子の上に乗ってドアの上にあるブレーカーを戻した。部屋の明かりが元に戻った。俺は天井を指差して長門に言った。 「火災報知器は大丈夫か」 「……警備会社への通報を解除した。涼宮ハルヒの記憶も改竄した」 「そうか。ありがとよ」 お礼ならいい、と言うはずの長門が言わなかった。じっと無表情のままだ。 「ハカセくん、大丈夫か」 「ええ。やっぱり電力使いすぎですよね」 やっぱりさっきの襲撃は覚えてないようだ。 ここで少し、朝比奈さんと長門と協議しなければならない。ハルヒに聞かれては困るので三人で喫茶店に向かった。ついて来たそうにしていた古泉はハルヒの子守り役として残した。 「長門、パソコンやら実験データの類は戻ったんだよな」 「……時間を除いて、すべて実験後と同じ状態」 「ということはハルヒがタイムマシンを作ってしまう歴史の流れはそのままってことに?」 「そうなるわね。また彼らがやってくるかもしれないわ」 俺は古泉に電話をかけ、今すぐ部屋の戸締りをして二人を連れて飯でも食って来いと伝えた。古泉が僕は社長の子守りですかとブツブツ言ったのでそのとおりだと答えておいた。 「ええとつまり、まとめるとだな」 ハルヒが時間移動技術の実験をしているところへ、未来から森園生の一団が襲撃に来た。つまり近い将来タイムマシンは完成する。あいつらが言うには、その時間移動技術のせいで戦争が起ったらしい。タイムマシンを使って第二次大戦の歴史を改変したやつらがいたということだ。だが俺たちの記憶にないところをみると、もうひとりの朝比奈さんが修正を加えたようで、歴史には影響していない。 森園生一団が時間移動技術関連の情報と実験機材を破壊するとあいつらは消滅した。つまり、襲撃はなかったことになっている。 「しかしだ、長門が情報と実験機材を元に戻したのでハルヒがタイムマシンを開発してしまう可能性は残されている。ここからの未来はどうなるんだ?」 「……計算するための要素が多すぎるが、同じ展開を繰りかえす可能性は高い。比喩を用いるならなら、イタチごっこ」 「朝比奈さんの未来ではどうなるんですか」 「わたしが知っているのは、わたしがいた時間線の未来なのでこの流れの未来と必ずしも一致するわけではないの」 「じゃあここにいる朝比奈さんは、朝比奈さんのTPDDが作られる歴史しか知らないんですか」 「今のわたしはね。未来に戻れば事情も変わるでしょうけど」 「未来と連絡はつきますか」 「それが、さっきの一団がやってきたときから時間平面の並びが歪んで連絡がつかないの」 「ってことは戻れないかもしれないってことですか」 「ええ……」 朝比奈さんの表情に少しだけかげりが現れたが、いつだったか、前に朝比奈さんがTPDDを失ったときよりは落ち着いていた。それを思い出したのか、朝比奈さんは笑顔を作って言った。 「わたしは大丈夫。タイムトラベラーはいつなんどき、時空の歪みに閉じ込められてしまうかもしれないという覚悟はできているの。もし帰れなくなっても、それは任務を全うした結果だから」 時間移動ってのもたいへんだな。家族やら友達と二度と会えなくなるという、潜水艦の乗務員並みの危険性があるわけだ。 長門が妙に考え込むような表情をしていた。 「どうしたんだ?」 「……さっきの襲撃のとき、わたしの異時間同位体がいた気配がある」 「長門もいたのか」 「……不可視遮音フィールドの痕跡が残っていた。わたし以外に考えられない」 「もしかして喜緑さんとか、ほかのヒューマノイドとかじゃ?」 「正体は分からないが、それに準ずる存在。床にかかる重力から計算すると、フィールド内に三人いた」 「ということは、組み合わせとしてはわたしたちがもっとも近いわね」 「それが長門だったとしたら、なぜ接触してこなかったんだろう。黙って見てただけなのか」 「……彼らの目的は不明」 「もしかしたらわたしの、つまりわたしたちの記憶にないということじゃないかしら」 「……その可能性はある」 ええと、つまりどういうことですか。 「隠れていた三人が過去か未来かどこから来たのか分からないけれど、わたしたちの知らない何かを知っていて、それを確かめに来たんじゃないかしら」 「なるほど。……すいません、よく分かりません」 「……過去から来たとする場合、わたしたちとは異なる歴史を持っている三人ということ。未来から来たとする場合、襲撃の時間をポイントにして生まれた分岐かもしくは同じ時間線から観察に来た三人で、これからわたしたちがなにかを行わなければならないということ」 「なんだかややこしいが、俺たちがたくさんいるわけだな」 「いずれにしても、わたしたちがあの時間に戻ってなにかをしなければならないということね」 「……それは正しくはない。わたしたちは未来に干渉する必要がある」 「長門さんどういうこと?」 いつもは歴史を改変するときは過去に干渉するよな。 「……一連の事件はタイムマシンが絡んでいる。涼宮ハルヒの時間移動技術が完成するのは、今のわたしたちから見て未来。あの襲撃がどこからきたのかを見定めなければいけない」 「じゃあ彼らをたどってゆけば原因が判明するということね」 長門がスクと立ち上がった。 「……準備は、できている」 「キョンくんも来てくれるわよね」 「え、未来へですか」 駅前で待ち合わせている女の子がBMWとかメルセデスで乗り付けられてちょっとドライブに付き合わないかと誘われているようなのとはまったくレベルが違う、とんでもないお誘いだった。今まで経験した時間移動はずっと過去だった。ずっと待ち焦がれていた未来がようやく拝めるというのだ。 「連れて行ってもらえるのならどこへでも参ります」 俺はいつの頃からか時間移動がやみつきになっているようだ。あの三半規管が暴走して目が回るような感覚はなぜか忘れられない。 「……この時間線では、かなり危険な状態が予測される」 「ええ。さっきの一団を見る限り、平穏では済まされそうにないと思うわ」 俺と朝比奈さんも立ち上がった。三人は手を繋いで輪を作った。 「では行きます。目を閉じて」 「大丈夫ですよ、もう慣れましたから」 足元から重力井戸に落ちたかのように、はるか下方の一点に世界が吸い込まれてゆく。俺たちも漏斗の底に流れてゆくように円を描いて、最初はゆっくりと、徐々にスピードを上げて落ちていった。 眼下の風景に朝比奈さんは息を飲んだ。 「ここ、まさか閉鎖空間じゃないですよね」 閉鎖空間を知ってるのは少なくとも俺と古泉だけのはずだが、一面が灰色で人気のない世界にそう思わせるだけの迫力がある風景だった。 「……閉鎖空間ではない」 長門がボソリと呟いた。さすがの長門も唖然としている。目の前に広がっているのは、かつてビルだった瓦礫や、家だった屋根瓦、道路だったアスファルトの塊らしきものが山と積まれた町だった。元はビルだったらしいコンクリの塊から錆びついた鉄筋が飛び出していて、折れ曲がり具合は爆発かそれに似た衝撃によるものだと想像できた。 「場所はどこですか」 「さっきの、喫茶店と同じ地点です」 まわりを見回してみたが看板の跡すらなく、道に立っていた標識もない。土ぼこりを被っていて、かなり前からこの状態にあるのだろう。それどころかここが北口駅前の繁華街だとはとても思えなかった。 彼方から爆音が聞こえてきた。ヘリの羽根の音だ。俺は二人を促して物陰に隠れて空を見上げた。軍用ヘリらしきものが二機、東から西へと飛んでいった。 「非常にやばい時代に来てしまったな」 「うかつに誰かに話し掛けたりできないわね」 誰かに遭遇したらまず敵か味方かを問われるだろう。過去から来ましたなんてことになったらとっ捕まって暗い部屋に放り込まれるのがオチだ。 「長門、この時代のお前が味方かどうか分かるまで会わないほうがいいと思うんだが」 「……わたしもそう思う。でも互いの検知を封じるのは不可能」 願わくば、遭遇しないようにってとこだな。 「今回の時間移動が長門さんの記憶にあるとしたら、この時代の長門さんはわたしたちがここに現れることを知ってるはずじゃ……」 「……それは心配しなくてもいい。わたしの判断で記憶を禁則事項に指定することはできる」 そもそも、長門が異時間同位体と意見が食い違ったり争ったりすることはあるのだろうか。いつだったか長門が暴走したときは、時間的に若い方の長門が未来から来た長門の指示に従った。長門の双子の姉という異次元同位体のときは、どちらも主張を変えず町をまるごと破壊するほどの大喧嘩になった。 俺はあのときの二人の派手な戦いを思い出して鳥肌が立った。 「もし未来の長門が出てきてもできるだけ穏便に解決してくれ」 「……分かった」 たぶんそんなことは起らないだろうという根拠のない楽観視をしている俺だったが、もし二人の長門が意見を異にするような事態になるとしたら、それぞれの守るべきものが違う場合だけだろうと考えていた。 「朝比奈さんの上司とか仲間で、この時代の誰かと連絡取れませんか。誰か協力してくれそうな人」 「わたしの時間線とはだいぶ違うみたいだから、どうだか分からないけど。ちょっとやってみます」 朝比奈さんは数秒だけ宙に視線を浮かせた。 「この時代のわたしがいます。会ってくれるそうです」 よかった。時代と場所が変わっても、この人だけは俺の味方になってくれると信じている。 「今どこにいるんです?」 「どこかの組織の隠れ家にいるようです。方角を教えてもらったから行きましょう、こっちよ」 先導する朝比奈さんはくるりと振り向いて、末恐ろしいことをサラリと言ってのけた。 「途中に地雷があるらしいから、気をつけて」 「じ、地雷って踏んだらジャンプしてパチンコ玉が四方八方に飛び散るやつですか」 「それだけならまだいい方」 「ひぃっ」 「……大丈夫。わたしが熱光学とエックス線で見ている」 じゃ、じゃあ長門が最初で朝比奈さんが二番手で、俺が最後ってことに。情けない。 ずっと空は曇っていて、遠くまでは見渡せなかった。今が昼なのか夕方なのかさえ分からない。瓦礫の山を十五分ほど歩いたところで長門がピタリと止まった。 「……」 長門が指差した方向を見ると、ビルの残骸の上に人影があった。小柄な、見慣れたボブカットの女の子。この時代の長門がいた。三人が来るのを待っていたようだ。近寄ってみるとどこかの制服らしきものを着ている。海軍か海自か、胸のポケットの上にJMSDFとロゴがある。 「……なにが、あった」 「……時間移動技術がさまざまなグループ、国家の覇権争いの元になっている」 「……この事態になるまで放置していたのはなぜ」 「……説明する義務はない」 「長門、俺にも教えてくれないか。その制服はなんだ?どこかに雇われているのか」 このシリアスな状況でまさかミリタリヲタのコスプレではあるまい。将校らしく、階級章に星がついている。 「……現在SOS団は海軍特殊部隊の傘下にある。涼宮ハルヒ以下四名はそこで勤務している」 「海軍って海自か」 「……憲法九条改正により、正式に軍となった。内外の勢力と交戦中」 まぎらわしいので未来のほうは長門(大)、俺の長門を長門(小)と呼ぼう。俺は長門(大)に向かって言った。 「教えてくれ、お前がいながらなんでこんな事態になっちまったんだ」 「……わたしの仕事は涼宮ハルヒを観察すること。それ以上の干渉はしない」 「それはおかしいぞ。ハルヒがタイムマシンを作ることに関与したはずじゃなかったのか」 「……わたしは関与していない。涼宮ハルヒの願望により実現した。あなたたち三人は時間線を外れている」 「どういうことかしら?わたしたちは同じ時間線をたどってきたはずなんだけど」 朝比奈さんが質問した。 「……涼宮ハルヒの時間移動技術の副作用で、複数の分岐を生み出している。わたしの記憶では、あなたたちがここに来るはずはない」 長門(小)が長門(大)に向かって右手人差し指を差し出した。 「記憶の不整合点を洗い出したい。同期を求める」 「……断る」 「……なぜ」 「……分かっているはず」 長門(小)は明らかにムッとしたようだった。かつて自分が異時間同位体とのリンクを拒んだときの返答を自ら受けるとは、これも因果か。 「まあまあ、同期しなくても不整合なポイントを調べることはできる」 「……それも、そう」 二人の長門はうなずいた。 長門(大)が俺に向かって言った。 「……涼宮ハルヒに会って」 「もちろんそのつもりだ」 「……わたしたちは間違った選択はしていない。でも正しい選択だったとも言えない。それを是正できるのは、あなた」 そう、俺はこの話が始まって以来ずっとハルヒのストッパー役なのだ。なにかまずいことが起るたびに俺は尻拭いに奔走させられる。 「先にこの時代の朝比奈さんに会って事情を聞きたい。そっちのハルヒにはまだ伝えないでくれ」 「……分かった」 「この時代の俺は一緒にいるのか」 「……いる」 それを聞いて安心した。だが長門(大)の表情はいまいちよく読めなかった。 「……いつもの場所で待っている」 長門(大)はそう言って灰色の風景に紛れ込んだ。背中が小さく見えた。 【仮説3】その2へ
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6.《神人》 機関の本部ってのは始めて来た。 何の変哲もないオフィスビルの一角だった。普通の会社名がプレートにはまっている。 「もちろん偽の会社です。機関の存在目的を世に知らしめる訳にはいきませんから」 古泉はそう言って笑った。 しかし、何の仕事してるかわからん組織に良くオフィスを貸してくれたよな。 「このビルは鶴屋家の所有物ですから」 なるほど。 俺の計画は簡単だ。《神人》を通してハルヒに話しかける。 ハルヒの元に声を届ける場所が他に思いつかない。 「どうでしょう。《神人》に理性があるとは思えません。 あれは、涼宮さんの感情の一部が具現したものだと思われますが」 古泉は疑わしげだ。無理もない。閉鎖空間については古泉の方がよっぽど詳しい。 何度も訪れているんだからな。 俺だって確証なんか何もない。 だがな。 「お前は閉鎖空間でハルヒが俺を呼んでいる、と言っただろう」 前に古泉が言ったことを持ち出した。 この言葉が俺を決心させた要因の1つだ。 「確かに閉鎖空間に入るとそう感じますが……」 古泉はまだ納得行かない、という顔をしている。 「俺はこの1週間、何度もハルヒに話しかけたんだぜ。でも全く反応がなかった」 当たり前っちゃ当たり前だけどな。 「現実世界ではハルヒに声は届かない。 閉鎖空間でハルヒが俺を呼んでいるなら行ってやるしかないだろう」 俺としては、古泉始め機関がこの可能性に思い当たらなかった方が意外だ。 「なるほど。解りました。どのみち、僕はあなたに委ねたのですからね」 誤解を招くようなセリフはよせと言っているだろうが。どういう意味だ。 朝比奈さんも一緒に閉鎖空間に行かないかと誘ったのだが、古泉が止めた。 朝比奈さんは、病院でハルヒと長門についている、と言った。 「今回は神人に近づかなければいけません。危険ですからね」 ハルヒなら朝比奈さんに危害を加えるわけはないと思ったが、結局俺が折れた。 「万が一と言うこともあります。僕としても、1人ならともかく、2人も守れるか自身がありません」 そう言われたら仕方がない。 「わたしも、長門さんも気になりますから病院に行きますね」 朝比奈さんはそう言った。 長門は相変わらず眠ったままらしい。 こんな状態じゃなければゆっくり休んでくれ、と言いたいところだ。 俺は朝比奈さんに2人をよろしくお願いしますと言うしかできなかった。 「まず、あなたにお礼を言わなくてはなりません」 「お礼?」 何のことだかわからん。俺はまだ何もしていない。これからしようとはしているがな。 「いえ、橘京子のことです。1回目の接触で、ある程度目的は予測できていました」 まあ、あいつが俺に用があるとしたら1つしかないよな。 「ですが、そのときはまさかTFEIがすべて活動を奪われるとは予測していませんでした。 前日に連絡を取った際には、何も起こってなかったんですからね。 今朝の時点で、機関内部でも佐々木さんに頼るという案すら出たくらいですよ」 まじかよ! 機関はハルヒを神としているんじゃなかったのか。 「その案を指示したのはごく一部の人間です。でも情報のつかめない宇宙存在よりは 佐々木さんに力を託した方が安全。そういう考え方もあります」 胸くそ悪い、と思ったが俺も人のことは言えない。 一瞬でも、そっちに気持ちが動きかけたのは事実だ。 「結局、我々はあなたに選択を委ねたのですよ。 何とか最後まであがいてみるか。この場合、危険が伴います。」 古泉は大げさに首を横に振った。 「──それとも、佐々木さんに世界を委ねるか。 機関としては好ましくないのですが、仕方がありません」 そう言って肩をすくめた。 「結局、機関は何とかできるのはあなただけだという結論に達しました。 それが涼宮さんに選ばれた鍵の役目だと。 世界がどうなるか、それを決めるのはあなたです」 おいおい、勘弁してくれよ。そんな大げさなことを考えていた訳じゃないぜ。 だいたいそんな大事なことを俺個人の感情で判断していいのかよ。 だが、もう俺は選択しちまった。 「僕個人としては、やはり最後まであがいて見たかったので。 ですからお礼を言わなくてはなりません。ありがとうございます」 お前のためにやったんじゃねぇよ。勘違いするな。 「やれやれ」 もうそれしか言うことがない。 「とにかく、今は少し休んでいてください。今のところ閉鎖空間は発生していませんから」 「時間までに閉鎖空間は発生するのか?」 これが一番の懸案事項だ。他にハルヒと話せるかもしれない場所はない。 それすらできるのかどうか怪しいもんだ。古泉だってそんな経験はないんだからな。 いっそ、去年の5月にあったあの閉鎖空間を作ってくれりゃいい。 だが、そう上手くは行かないだろうな。 「実をいうと、最初の頃より発生頻度は下がってきてはいるんですよ。 その分、僕の感じる涼宮さんの不安感は増えているんですが。 それにしても、まもなく発生しますよ。単なる勘ですけどね」 「お前がそう言うなら間違いないだろうさ」 閉鎖空間のスペシャリストだろうからな。 俺のセリフに古泉は苦笑した。 「しかし、発生する数が減ってるってのはどういうわけだ? それで不安が増してる?」 長門が言うには、この探索とやらを実行中は、ハルヒにかかっている負荷が大きく変わる訳ではないらしい。 だったら、閉鎖空間も同じ頻度で発生するもんのような気がするが。 「はっきりとわかってるわけではありません。ただ、苦痛は慣れるということではないかと」 思案げな顔をして、古泉が言った。 俺がここで考えたってわかるわけもないか。 時間だけがただ過ぎていった。俺はイライラしながら閉鎖空間の発生を待った。 朝1で来たってのに時間は10時半を回っている。 わざわざ車を回してもらう必要もなかったな。橘から簡単に逃げられはしたが。 古泉は何かと用事があるらしく、俺は通された部屋で1人待っていた。 森さんが顔を見せてくれるかと思ったが、かなり忙しいらしい。 「まだかよ」 もう何度目になるかわからない独り言をつぶやく。 まさか閉鎖空間の発生を心待ちにする日が来るとはね。 あんな灰色空間は好きになれないはずなのにな。 だいたい、上手く行くのか? 何の確証もないんだぜ。 橘の戯言に乗った方が確実なんじゃないのか? 後のことは後で考えればよかったんだ。 1人で考えていると、どうもマイナス思考になる。 いかんいかん、俺は首を横に振った。 長門の診断と予測、古泉の言ったこと、朝比奈さんの忠告。 俺は全部信じているんだろ? だったら──俺は俺にできることをするだけだ。 「お待たせしました」 やがて、古泉が俺を迎えに来た。 「来たか」 待ちわびたぜ。 今行ってやるからな、ハルヒ。 閉鎖空間が発生したのは、前回と反対側の県庁所在地のある都市だった。 全国的にお洒落な街というイメージがあるらしい。 同じ県内にもかかわらず、俺は数えるほどしか来たことがない。 街に出る、というと前回の大都市に出る方が多いからだ。 駅前から続く花の通りとか名付けられた道の海側から、閉鎖空間は広がっていた。 ん? この位置だと、東側から入ればもっと早かったんじゃないのか? 「なるべく《神人》が現れる場所の近くから入りたかったので」 なるほどな。 「それでは行きます。目を瞑ってください」 あのときと同じように、古泉は俺の手を取った。 そういやどうして目を瞑らなければならないのか聞いてないな。 朝比奈さんとの時間旅行のように目が回る感覚などない。 何か違和感を通り過ぎる、という感じか。 ──キョン── 一瞬、ハルヒの声が聞こえた気がした。 いや、聞こえた気、じゃない。 はっきり聞こえる。 「もういいですよ」 古泉の言葉で目を開けたが、相変わらずハルヒの声が頭に響く。 ──バカキョン!── ──バカ! いつまで待たせんのよ! 罰金!!── えーと、ハルヒ? うるさい、お前の怒声は頭に響く。いや、文字通り響いているんだが。 俺は決死の覚悟でここに来たんだが、歓迎の言葉がこれか? 思わず溜息をついてうなだれると、古泉が心配そうに顔を覗いてきた。 「大丈夫ですか? どうかしました?」 古泉には聞こえてないのか。 「何がです?」 「ハルヒの声」 古泉は目を見張って俺を眺めた。 「俺の頭がどうにかなっちまった、って可能性もあるけどな」 そんな目で見られると自信がなくなってくる。 「そうではないでしょう。 前に言ったとおり、僕にも涼宮さんがあなたを呼んでいるのは感じられます。 ただ、感じているだけで聞こえている訳ではなかった」 そう言うと、少し考えるようなポーズを取った。わざとらしいが様になる。 「どうやら、あなたが正しかったようです。涼宮さんはあなたを閉鎖空間に呼んでいる、 それで間違っていなかったようですね」 悔しいがこいつにそう言ってもらえると安心する。 そんな会話をしながらも、俺の頭の中にはハルヒの怒声が続いている。 バカだのアホだのマヌケだの罰金だの死刑だの、ほんとに勘弁してくれ。 「呼んでいるっていうかな、さっきからずーっと怒鳴りつけられている訳だが」 俺が溜息をついて言うと、古泉は少しだけ笑顔に戻って言った。 「それはそれは。こういう状態になっても涼宮さんは涼宮さん、ということですか」 まったくだ。 「おい、ハルヒ、いい加減にしてくれ!」 俺たち以外誰もいない灰色の空間に向かって呼びかけてみる。 だが、何の返答もなかった。 俺の頭の中には、さっきからハルヒの罵声が響いてて、いい加減嫌気が差してくる。 なんつーか、今朝の俺の決意をすべて喪失させる気か、この野郎。 今朝まで深刻に悩んでいた俺がバカバカしくなってきた。 後で朝比奈さんに、今朝あたりの俺宛にでも伝言を頼むか。 『悩むだけ損だぞ、俺』なんてな。 そうは言っても、俺がそんな伝言受け取っていないことが既定事項ではあるが。 俺がそんなげんなりした気分になっていると、古泉の真剣な声が聞こえてきた。 「始まりました」 何度見ても現実感がない光景が広がった。 青い巨人──《神人》がゆらりと立ち上がった。 相当距離があるのに、その巨大さからかなりはっきり見える。 あれは新幹線の駅の辺りだ。 そして、前に見たとおり、周辺の建物を破壊し始めた。 「……………」 俺が無言なのはその光景に飲まれたからではない。 ──このバカキョン!── ズガァァァァン ──こんなにあたしを待たせるなんて許し難いわ!── ドカァァァァン やれやれ、間違いない、あの《神人》は確かにハルヒのイライラそのものだ。 《神人》の動きと俺の脳内音声が、完全に一致している。 しかも、俺に向けられているらしい。 「古泉、何でか知らんがあの《神人》は俺にむかついているらしい」 溜息とともに吐き出すと、古泉は一瞬不思議そうな顔をしたが、フッと笑って言った。 「なるほど、それがおわかりですか。ならあなたの計画も上手く行きそうですね」 しかしハルヒ、ずるいぞ。俺にだけ一方的に声を届けるなんてな。 お前に声を届けたいのは俺の方だよ。 「かなり遠いな。まさか歩いて行くのか?」 「いえ、それでは時間がかかりすぎますから。ちょっと失礼します」 そう言うと、古泉はいきなり俺を羽交い締めにするように抱えた。 「おいっ! 何しやがる!」 思わず反論した俺に、古泉は軽口で返しやがった。 「おや、正面から抱き合った方が良かったですか?」 「ふざけんな!」 アホなやりとりをしている間に、目の前が赤い光でに染まった。 古泉が例の赤い球になったらしい。内部はこうなってるのか。 なんて考えた次の瞬間、ものすごい勢いで飛び立った。 「うおぉ!?」 早い、何てもんじゃない。生身で飛行機に乗っているようなもんだ。 ただし、赤い光のおかげか、風圧は全く感じられない。 眼下に流れていく景色を見て、思わず身震いする。古泉にばれたな畜生。 しかしこれはかなり怖い。こいつはいつもこんなことをやっているのか。 《神人》の近くにたどり着くまで、1分とかかっていない。 時速何キロだったのか、誰か計算してくれ。俺は考えたくない。 《神人》は、手近な建物から破壊を始めていた。 近くで見ると大迫力だ。映画みたいだ。 そんなのんきなことを考えている場合じゃない。 あの《神人》がハルヒの精神と繋がっているなら、声が届くのはここしかない。 《神人》の少し上を飛んでもらいながら、俺は大声で叫んだ。 「ハルヒーーーーーーーーーー!!」 しかし、俺の声は全く届いていないように、《神人》は破壊活動を止めない。 俺の脳内音声もますます活発だ。 いくらハルヒの怒声に慣れていても、さすがに凹んでくる。 時折少し離れて休憩を入れながら、俺たちは何度も《神人》に近づいた。 俺は何度かハルヒを呼んだが、《神人》は変わらず、何も起こらない。 周りの建物を殴りつけ、蹴倒し、踏みつけている。 閉鎖空間も広がっている、と古泉が言った。 畜生、やっぱりダメだったのか!? だんだん焦ってくる。 ──何やってるのよキョン! このへたれ!── あーもう、ハルヒ、うるせぇ少し黙れ! お前どっかで見てるんじゃないだろうな。俺が何をしたっていうんだよ。 「すみませんがそろそろ限界です。これ以上《神人》の破壊活動を放置すると厄介です」 古泉が焦った声で言った。 ここで《神人》を倒してしまっては俺がここまで来た意味がない。 次の閉鎖空間を待つ時間もない。 もしかしたら、次の閉鎖空間は生まれないかもしれない。 どうする? 俺は悩んだ。 ハルヒは俺を呼んでいるくせに、俺がここにいることに気がついていない。 いや、識域下では気がついているのだろう。だから俺に声を届けている。 今回は表層意識に残らないと意味がないのか。 仕方がない。一か八かだ。無理矢理意識を引っ張り出すほどのことが必要だ。 俺は最後の賭けに出た。 「古泉、最後にもう一度《神人》の頭の上を飛んでくれ! これが最後でいい!」 「承知しました」 《神人》の上に来ると、俺はもう一度頼んだ。 「古泉、俺を離してくれ!」 「何を言っているんですか!?」 「いいから離せ!」 「無理です!」 「大丈夫だ、ハルヒが、俺が死ぬことを望むわけがない!」 俺だけじゃなくて、お前もな、とは言ってやらなかった。 「わかりました」 しばらく悩んだ古泉が苦しそうに言った。 「ただし、あなたを離したら僕も一緒に下ります。危険と判断したら助けますから」 「悪いな」 確かに、古泉の飛行速度を考えたら、自由落下より先に俺の下に回り込めるだろう。 「たたきつけられて潰れるのは俺もごめんだ。頼んだぜ、古泉」 古泉に助けられなくても大丈夫だと思いたい。 古泉が俺を離して──俺は落下を始めた。 ハルヒ、信じてるからな! 恐怖を感じている暇はなかった。俺は目一杯大声で叫んでやった。 「聞こえてんなら俺を助けやがれ、ハルヒーーーーーー!」 俺の体は更に落下していく。背筋がぞくりとした。 このまま落ちたら、体なんか残らないんじゃないか──? ふわり。 衝突の衝撃もなく、いきなり俺の体は止まった。 ふぅーっと溜息が出る。さすがに緊張していたらしい。汗びっしょりだった。 今どこにいるか、確認するまでもない。 足下も、俺の目の前も青く光っている。 俺は神人の手のひらの上にいるらしい。 まるでお釈迦様の手のひらにいる孫悟空だな。 差詰め古泉はキン斗雲か。 気がつくと、俺の脳内ハルヒ音声もストップしていた。 聞こえていた方が会話しやすいから好都合だったんだがな。 それとも、こいつとまともに会話ができるようにでもなったのか? 俺は目の前にいる《神人》を見上げた。結構怖いのは秘密だ。 古泉は赤い球になったまま、俺の隣に来た。 「まったく、あなたは無茶をしますね」 ああ、自分でも驚いてるぜ。 「よう、ハルヒ」 俺は目の前の《神人》に普通に話しかけてみた。……ハルヒも《神人》も無言。 「なんか、俺が遅くなって怒ってるみたいだな。わりぃ。俺も色々あるんだよ」 相変わらずの無言。 「腹が立ってるんだったら、こんなとこで暴れてないでいつも通り俺にぶつけてみろよ」 我ながら恐ろしいことを言っている。こんなことをハルヒに言ったら最後、俺はどうなるか誰にもわからん。 そして、やはり俺は言ったことを少しだけ後悔することになった。 《神人》が、さらさらと崩れ始めた。 そう、俺を襲った朝倉が長門によって情報連結を解除されたときのように。 俺は呆気にとられてそれを眺めていたが、状況を悟ってめちゃくちゃ焦った。 おい、俺の足場も崩れてるぞ!!!! 古泉があわてて俺の腕を掴んだ。 しかし、俺の足下の青い光がなくなっても、俺はその場に留まっていた。 古泉は腕を掴んでいるが、ぶら下がるわけでもなく、まるでそこに立っているように。 すげぇ、俺も宙に浮いているぞ! この空間は何でもありか?? 「《神人》と我々超能力者の存在だけ考えてみても、何でもありでしょう」 古泉が言った。 《神人》が完全に消え去ると、俺の目の前に──── やっとだな。 たった1週間とは思えないほど長かったぜ。 一気にいろんな感情が俺を襲う。 いろんな思いが混じり合った溜息をひとつついて、俺はそいつに声をかけた。 「久しぶりだな、ハルヒ」 目の前に現れたのは、間違いない。涼宮ハルヒだった。 感慨にふけってる暇もなく、俺は先ほどまであった脳内音声の続きを聞かされることになった。 「こんの……バカキョン!!!!」 やれやれ、再会の第一声がそれかよ。ま、声はさっきから聞いていたんだが。 「遅いのよ、遅い!!! あたしがどんだけ待ったと思ってるのよ!!」 「いや、だから悪かったよ。さっきも言ったけどな、俺も色々あるんだよ」 「うるさいっ! あんたは団員としての自覚が足りないのよ!!!」 だから悪かったってば。しかし何だって俺はこんなに怒られてるんだ? そもそも、ハルヒは今の状況を疑問に思っていないのか? 古泉に聞こうと思って振り返ると、そこには誰もいなかった。 ──逃げやがったなあの野郎。 「凄く怖いんだから、不安なんだから! 何でだかわかんないけどっ!」 ハルヒは言いながらぼろぼろ泣き出した。 俺は黙って聞いているしかできない。 「あ、あたしが、あたしじゃなくなるみたいで、凄く、怖いんだから……」 「……もしかして、今もか?」 ハルヒは過去形でしゃべっていない。今もその恐怖と闘っているのか。 「そうよっ! でも、あんたがそばに居れば何とかなる気がして、ずっと待ってたのに……」 いや、俺はできる限りそばにいたんだよ。それが伝わらない場所でな。 俺だけじゃない。長門は文字通り四六時中そばにいたし、朝比奈さんもできるだけ一緒にいたんだぞ。 伝えられなかったけどな。俺もどうすればいいのかわからなかったんだよ。 やっと今朝、ギリギリになって気がついたんだ。 遅くなってごめんな。 しかし、こんな素直なハルヒを見るのは初めてだ。 どんなに怖い思いをしても、それを誰かに悟られるのを何より嫌いそうな奴だ。 今回のことはよっぽど怖かったんだろう。 辛かったんだろう。 「悪かった、ハルヒ」 そう言って俺は、泣いているハルヒを抱きしめた。 誰だってそうするだろ? こいつは不安と恐怖相手に独りで闘っているとき、俺にそばにいて欲しいと望んでくれたんだぜ。 それに答えないのは男じゃない、そうだろ? いくら俺がへたれだと言われても、それくらいはできるさ。 しばらく俺はハルヒが泣くままにしていた。 今まで我慢していた分、目一杯泣けばいい。 いや、閉鎖空間でストレス解消していた訳だから我慢はしてないのか? ま、でも泣けるなら泣いた方がいいのさ。 しかし、大事なことをまだ伝えていない。 ハルヒを助けるためには伝えなければならない。 この時点で、まだ俺は悩んでいた。 ハルヒの力を自覚させる俺の切り札。『ジョン・スミス』をここで使うか? それとも、今ここで使うべきではないか? 近い将来、この切り札が必要になるかもしれない。 もし、ここで俺が『ジョン・スミス』だと言わずに話ができれば、それに越したことはない。 俺は脳の普段は使わない部分まで動員する勢いで、急いで考えをまとめた。 「ハルヒ。聞いてくれ」 ハルヒは涙目で俺を見上げた。 「これは夢だってわかってるんだろ?」 さすがにこの異様な空間で異常な状況だ。 なんせ俺たちは宙に浮いているんだからな。夢だとでも考えなきゃおかしい。 「そうね……こんな灰色の世界、前にも夢に見たこと……」 そこまで言って顔を背けた。何か思い出しやがったな。 「俺は現実のお前と会いたい。だから、願ってくれ。現実の世界で俺に会いたいってな」 「キョン……?」 不思議そうな顔をして俺を見上げるハルヒに、俺は更に続けて言った。 「俺だけじゃない。長門や古泉に朝比奈さん、SOS団のみんなに会いたいだろ?」 ハルヒの表情が少し変わった。目に輝きが戻ってきたような気がする。 「ハルヒが本気で願えばかなうさ。こんな灰色空間じゃなくてな。 ちゃんと“現実の”あの部室で、みんなで会おうぜ」 しかし、ハルヒは目を伏せると意外なことを言った。 「あんたは本当にあたしに会いたいと思ってるの?」 おい、さっきからそう言ってるだろ。だからわざわざこんな灰色世界まで会いに来たんだぜ。 「そうね、でも……わからないわ。あんたの気持ちが」 俺の気持ち? ハルヒが何が言いたいかわからなくて、俺は黙っていた。 「どうせ夢だし、この際だから言っちゃうけど、あんたあたしにあんなことしたくせに、何も言ってくれないじゃない」 あんなこと……って、あれだよな、やっぱり。 だけどな、あれはお前が先にしただろうが! 「そうだけど、そうなんだけど、あんたが何であんなことしたかハッキリさせたいのよ! ハッキリしないのは嫌いなんだから」 「………」 とっさに言葉が出なかった。 ハルヒがわがまま、とかそう言うのではなく。 いや、わがままなんだけどな。先にキスしてきたのはお前だ、と声を大にして言いたい。 だけどな。つまりだ。 ハルヒは、1週間前まで俺が暢気に味わっていた中途半端さに嫌気がさしてたってわけか。 正直、俺はハルヒが俺の言葉を信じてくれると思っていた。 だから、この閉鎖空間でハルヒと話さえできれば、何とかなると思っていた。 くそっ 俺が俺の首を絞めているわけだ。 自分の暢気さがつくづく恨めしい。 ああ、1週間前の俺を本気で殴ってやりてぇ。 「すまん、ハルヒ」 ハルヒの目を真正面から見つめた。 「俺は自分をごまかして、このままでもいいかなと思ってたんだ。時間はまだあるってな」 ハルヒは俺を睨み付けていた。 こいつは未だ不安と恐怖がある中で、こんな表情ができるんだ。 やっぱりたいした奴だよ、お前は。 「この先は、ちゃんと現実でお前に会ったときに言いたい。だから、帰ってきてくれ」 「夢の中のあんたに約束されたってしょうがないじゃない。 だいたいどうやって帰ればいいのかわかんないわよ」 「だから、夢じゃなくて現実の俺と会いたいと願ってくれればいいんだよ。 大丈夫だ、現実の俺もお前に言いたいことがあるはずだ。夢でも現実でも、俺は俺だ」 わかるだろ? 前の夢の後のこと、あの部室でキスした日のことを思い出せばな。 ハルヒは少し考えてから笑って言った。 「いいわ、信じてあげる。あたしをこれ以上待たせるんじゃないわよ!」 やっと笑顔が見れたぜ。 そのセリフを最後に、ハルヒも先ほどの《神人》と同じように消えていった。 思い立ったら即実行だ。何ともハルヒらしい。 「ああ、待ってろ!」 消えていくハルヒに、俺はそう言ってやった。 「うわああああ!?」 ハルヒが消えると、俺の体も宙に浮いてられなくなったらしい。 おい、ハルヒ、最後のつめが甘いぞ!! さっき助けてくれたのにこれじゃ意味がないだろうが!! そのとき、古泉が俺の腕を取った。 「大丈夫ですか?」 ニヤケ顔で俺に聞いてくる。なんか含んだ顔でむかつく。礼を言うのがためらわれる。 「何か言いたげな顔だな」 精一杯渋面を作って言ってやった。 「いえいえ、見せつけてくれたなと思っただけです」 どこで見てやがった、この野郎。 俺と古泉は近くのビルの屋上に下りた。 「我々が神人を倒す必要がなかったのは初めてのことですよ」 古泉が大げさな感情を込めていった。 「機関から表彰したいくらいですね。ありがとうございます」 そんなもの要らん。 「これから閉鎖空間が生まれたら、あなたに来て頂きましょうか」 ふざけんな。今回は緊急事態だ。いつもそう上手く行くもんでもないぜ。 「それもそうですね」 閉鎖空間はすでに崩壊が始まっており、前に見たとおりに空にヒビが広がっている。 「まったく、あいつは思い立ったら即実行で、後のことなんか考えちゃいねぇ」 俺が文句を言っている間にもヒビが広がり……やがて一気に現実世界に戻った。 日常の喧噪が耳に響く。 何とかなったのか? 日の高くなった空を見上げて一息つく。 しかし、古泉の真剣な声が俺の安堵感を帳消しにした。 「13時20分です──長門さんの予告を最小でも5分過ぎています」 ──遅かったか? 7.回帰へ
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「何が起こってるんだ」 俺はもう何度となく口にしたセリフを飽きもせず漏らした。 長門だけがいない。そのうえハルヒやその他の連中に長門の記憶はない。古泉は欠席中。それが今の俺の置かれた状況である。長門だけがいない? 何故だ。 はっきり言って、俺一人では見当もつかん。 考えようたって俺の頭は絶賛混乱中につきまともに回転してくれないのだ。そうだろう。一般人だったら俺みたいな感じになるに違いない。 まあ、俺一人ではどうしようもできないというのは俺がこの上なく一般人だからという理由をつけて、朝比奈さんぐらいの相手なら口論で言い負かす自信はあるがな。だがしかし朝比奈さんを言い負かしたところで何の利益も生まれず、そして今はそれどころではない。 いや、待てよ……。 朝比奈さんだ。 というわけで、そう気づいたのは右耳から入ってくる情報を左耳に受け流しているような一、二時限目の授業が終わったときだった。 授業中、俺のシャーペンはいつもに増して動作停止の割合が高かったがせめて今日ぐらいは大目に見て欲しい。そして俺の願いが通じたのか、運のいいことに教室内を無駄に徘徊しまくる教師に咎められることはなかった。なぜだろう。 だからそんなことを疑っている場合ではない。 今は朝比奈さんだ。 SOS団で残った可能性といえば彼女くらいなものである。ハルヒは記憶がおかしいし、長門と古泉は学校にはいない。長門にいたってはこの世界にすらいないのかもしれん。 俺は確認の意味もこめて後ろを振り返った。 「おいハルヒ」 俺の後ろにはやはりハルヒがおり、終わったばかりの英語の授業道具をせっせと片づけていた。 「何? 知り合いの女の子の自慢話ならお断りよ」 「そうじゃなくてだな、お前朝比奈さんを知ってるか?」 ハルヒは呆れたような顔になった。 「あんたまたそんなこと言ってるの? 何それ、最近流行りのゲームか何か?」 「そんなわけないだろ」 「まあいいわ。言っとくけどね、あたしはあたしの団の団員を忘れるようなことは絶対にしないから。あんたは微妙だけど、古泉くんとみくるちゃんなら一生忘れない自信があるわよ」 心強い返答だ。口に出して言えるわけはないが、どうせなら長門のことも覚えててくれればよかったのにな。 「それで、みくるちゃんがどうかしたの?」 「いや、何も」 「何よそれ、気になるじゃないの。訊いたなら訊いただけのことはしなさいよね」 「本当に大した理由なんかない。俺がちょっと血迷っただけだ」 ハルヒには悪いが、今は三年の教室へと急がねばならん。ハルヒの「あんた今日血迷いすぎよ」とかいう言葉を背に、俺は席を立って廊下へと繰り出した。 ハルヒが朝比奈さんのことを知っているということは、朝比奈さんがここにいる可能性は高い。古泉のことも知っているらしいから、古泉も学校じゃないにしろどこかにいるのだろう。 何しろハルヒはこの世界の神様的存在である。古泉の考えを立てるのなら、ハルヒの記憶には朝比奈さんがいるのに実際はいないとか、あるいはその逆とか、ハルヒが本質的な矛盾を感じるようにはなっていないはずなのでである。それは同時に長門が存在しないことの証明でもあるわけだがな。 俺はちらりと時計を見た。三限の開始にはあと五分ほどの余裕がある。五分もあれば三年の全教室を見て回ることもできるだろうか。少し足りないかもしれない。 しかしそれは杞憂に終わったようだった。 それもそのはず、俺が三年の教室につながっている階段の踊り場に立ったとき、上の階から階段を降りてくるお方が俺の目に入ったからだ。 深くうつむいて唇を引き締め、可愛らしくも今はどんよりと暗い精神状態を前面に出している少女。 それが誰か、言わなくても解るだろ? SOS団専属のお茶汲み兼マスコット兼メイド兼書記。そして俺の精神安定剤女神様が、まさに目の前にいた。 「朝比奈さん!」 俺の声にハッと顔を上げた朝比奈さんは、しばらくクリスマスにサンタクロースを見つけてしまった純真な子供のような目で俺を見ていたが、やがて不格好なフォームで階段を駆け降りてきた。 「キョンくん――」 語尾を消滅させるような発音をして、再度そこにいるのが俺であるのを確かめるように俺の顔をのぞき込んだ。不安げな表情がやや明るくなっているように見えなくもない。 朝比奈さんは何か言いたそうにしていたがどうも言葉がうまく出てこないようで、やはり俺から何か言わねばならない。 瞬時に思いついた言葉の中でどれにしようかなを行っていると、次の瞬間、朝比奈さんの顔が急に歪んだ。 同時に、うっという短い嗚咽が聞こえた。しゃくり上げるその声はまさに俺の腰あたりからしており、なぜかというとそれは朝比奈さんが俺に抱きついているからである。何度となく感じたあの暖かくて柔らかいものがまた俺に押し当てられた。 「ちょ、あ、朝比奈さん?」 抱きついて顔をうずめているので朝比奈さんがどんな表情をしているか解らん。時々する嗚咽のような声から想像はできるが。そのたびに朝比奈さんの肩がひくひくと上下した。ワイシャツに涙の浸みていくのが伝わる。 俺はただただ動揺と困惑の最中を駆け回っていた。何だなんだ? 俺の右手及び左手は無意味に空をかいていた。しかし他にどうしようがあるってんだ。この場で黙って朝比奈さんを抱きしめられるほど俺はクールではない。朝比奈さんはひたすら泣き続けており、俺が先に声を発しなければならんのは承知しているのだが。 俺は、こんなところをハルヒに目撃されたりしたら一巻の終わりだなとか我ながら意味不明のことを思いながら、 「朝比奈さん……どうしたんですか?」 面白くも何ともない言葉を吐き出した。 「どうしたもこうしたもありません……ひくっ。……未来がごちゃごちゃになってて、時間平面がおかしくてTPDDがダメで……うぅ、あたしどうしたら……」 朝比奈さん、申し訳ありませんが意味不明です。とりあえず落ち着くことから始めてみたらどうでしょう。俺ならそんなに強く抱きつかなくても逃げたり消えたりしませんよ。 「ごめんなさい……その通りですね」 朝比奈さんはしゃくり上げながら、 「あたしがしっかりしなきゃいけないのに……。ごめんなさい」 いやあ、全然構わないっすよ。 朝比奈さんに泣きすがられるなんてのは全人類の約半分の夢だからな。しっかりするべきは俺なのだ。無論すべてがそんな下心で構成されているわけではないと釈明しておくが。朝比奈さんじゃなくたって――長門だってハルヒだとしても――泣きすがられればそれ相応の対応はしてやるべきだ。と言っても前者は涙腺があるかどうか怪しく、後者の場合は小型隕石がピンポイントで俺の家に衝突する確率よりもはるかに低いだろうと断言できるので実際そんなことがあるのは朝比奈さんだけなのさ。さて俺は何を言いたいのだろう。 「朝比奈さん、いったい何が起こってるか解ってるんですよね。ハルヒが長門を知らなかったり古泉が学校にいなかったり、って。すみません、俺もよく解ってないんですけど、朝比奈さんは何か知ってるんですか? 知ってたら説明してくれませんか」 「うん。……あたしもよく解らないからうまく説明できる自信はないんだけど」 朝比奈さんは表情をやや曇らせて、 「未来との交信がまったくできなくなってるんです。通信経路が途絶えました。未来からの指示や反応はないし、こちらからコンタクトを取ろうとしても未来に通じないんです。TPDDを使って未来に時間移動しようとしても、許可が下りてないから認証コードが解らないし、だから未来にも帰れないの……。朝に気づきました」 どういうことだろう。なぜ未来と通信できなくなってるんだ。 「伝わる経路がごちゃごちゃになってて信号が届かないって言ったほうがいいかもしれません。ごちゃごちゃになってるっていうのは現在から先の未来が大量に発生してるから。数え切れないほど、それもまったく種類の異なる未来が大量に発生しているんです」 朝比奈さんのその声には、もはや諦めにも近い感がにじみ出ていた。 ううむ、未来との交信ができなくなったというと朝比奈さんにとっては青木ヶ原樹海で道しるべを見失ったようなもんか。なかなか致命的ではあるが、いまいち実感が持てないのは俺が過去人たるゆえんである。 しかし俺が怪しく思ったのはそこではない。未来が大量にできているという点だ。 「どういうことなんですか? これから後の未来がいろいろに分岐してるってことですか?」 「そうです。大量分岐している上に、しかも分岐点がこの時間帯に集中してるんです。どの道を選ぶかでどの未来に着くかも決定されると思うんだけど」 「分岐を間違えると、まったく種類の違う未来に着く可能性もあるわけですか?」 「はい」 恐ろしい話である。 朝比奈さんの言うまったく種類の違う未来というのが何を指しているのか、何となく解った。 おそらく、長門がいる未来と長門がいない未来である。 当然俺は長門のいる未来に行きたいが、その分岐はいつどこでやってくるか予測不能だし、長門のいる未来に行ける確率も解らん。間違いないのは長門のいる未来かいない未来かという分岐がこの時間帯にあるということで、そして俺は何があってもその選択を誤ってはならないということだ。動きに細心の注意を払わねばならんだろう。今ちょっと楽をしたために一生後悔するようなことはあってはならん。 「これからどうすればいいとか解らないんですか? こうすればハッピーエンドになるとか」 「解りません。どの道を通るかで結果も変わってくるということしか」 「言えないんじゃないんですか? あの、禁則事項ってやつで」 「違うんです。禁則事項も強制暗示も全面解除されてます。その代わり未来からの干渉もないんだけど」 まあ、過去の人間にお前の未来は分岐してるぞなんて禁則事項が解除でもされてなければ言えるわけがないか。朝比奈さん(大)くらいの権力を持つ人だって答えを教えてくれたのはすべてが終わってからだったしな。八日後の朝比奈さんと俺がやったのは分岐を選択するためのことだった、と。 「あ、でも」 朝比奈さんは何か希望を見いだしたのかパッと表情を明るくした。 「長門さんなら何か解るかも……。未来が分岐してるってことも、ひょっとしたらこれからどうなるのかも教えてくれるかもしれません。ね、キョンくん?」 さて、それができたらどんなに楽をできるでしょう。たぶん、この状況下で長門を利用できたらそれは裏技でも反則の部類に入るものだと思いますがね。 俺はぽかんとして何も知らなかったらしい朝比奈さんにありのままを語ってやった。無理もない。彼女は未来のことだけで頭が一杯だったんだろうから。 今日になって突然、ハルヒやその他の連中が長門のことを知らないと言いだしやがったこと。長門のクラスに行ってみたが本当におらず、長門の席すらなくなっていたこと。ついでに古泉が学校を休んでいること。 朝比奈さんは俺の話を魂を抜かれたような感じで聞いていたが、途中から顔色をどんどんブルー方向に変えていき、俺が話し終わる頃には青を通り越して白くなりかけていた。 「そんな……未来だけじゃなくてそんなことも起こってたなんて……」 ハルヒがいないと知らされたときの俺を鏡で見ているような感じである。仕方ない。朝比奈さんはもともと突拍子もない事象に対する耐性がいまだにゼロに等しい上に、誰かが消えていたりするようなことを経験するのは初めてなのだ。そんな経験ほど慣れたいものも少ないが、俺のほうが朝比奈さんよりも経験を積んでいるのは事実である。 そんなことを考えているととある提案を思いついたので、ちょっと口にしてみた。 「朝比奈さん、今日学校を早退できますかね? あいや、朝比奈さんは早退しなくてもいいんですけど俺にいくつか心当たりがあるんで、できればそれを確認したいんです」 「心当たり……?」 「ええ。長門のことを知ってたりこの事態に気づいていそうな人間、まあ人間ですね。そんな奴らを少しばかり知ってるんで。もしかしたら助けてくれるかもしれません」 俺は即座に『機関』のメンバー、朝比奈さん(大)、喜緑さんの顔を思い浮かべた。 まずは『機関』である。古泉にもし電話が繋がれば、そこから『機関』にも繋がるはずだ。もちろん古泉に電話が繋がらなかったとしたら話は別だけどな。 次に朝比奈さん(大)と言ったが、未来がこじれているようでは彼女を全面的に頼ることはできん。長門がいない未来の朝比奈さん(大)が現れてその指示通りに動いてしまったら、それは間違いなくバッドエンドである。それでもやっぱり靴箱に手紙か何か入っていてくれれば安心できるわけだが。 喜緑さんに関しては難しい。長門と一緒に消えている可能性もあるし、いたとしても長門ほど頼り切れはしない。穏便派らしいが何を考えているのかいまいち理解できないからな。 と、ここまで来れば十二月十八日にはできなかったこともいくつかできる。一つぐらいヒットがあってもよさそうなものだ。 「朝比奈さんも、この時間帯に一緒にいる未来人の知り合いとかいないんですか?」 「知り合い、未来人のですか? いません、いえ、いるにはいるんですけど、そのぅ、ちょっとそれは……」 朝比奈さんは後込みしている様子だったが、その理由はすぐに解った。ヤツは俺の知り合いでもあるからな。 そいつはきっと男なんでしょう。そんでもって、ふてぶてしいを擬人化したような性格の持ち主で、こともあろうか朝比奈さんの誘拐騒動に一枚噛んでる野郎なんじゃないですか。あいつならお断りします。あんなのは知り合いの中にいれちゃいけません。 「仕方ありませんよ。未来人の知り合いならちゃんとした未来にいてくれればいいんです。朝比奈さんが気に病むようなことじゃありません」 「そう、ですか?」 「そうです。悪いとしたら朝比奈さんの上司――いえ、その話はよしときましょう。大切なのは今ですからね。現状把握が第一です。っても俺が思いつくところを徘徊するだけなんですけど、朝比奈さん、一緒に来ますか?」 「もちろん行きます」 朝比奈さんは重大プロジェクトを自らの双肩に背負わされた新米プロデューサーのような顔になって、 「キョンくんと一緒にいたほうが心強いですから」 * 起立礼の号令が上の階で響きわたった頃、俺と朝比奈さんは弁当を食い終わったら校門前で落ち合いましょうと約束してそれぞれのクラスに戻った。弁当を食い終わったらと指定したのは俺に少し時間が欲しかったからだ。この学校で喜緑さんを確認しておかないといけないし、あと一つ二つ確認すべきことがあったからな。 その次の休み時間、たかってくる谷口と国木田を軽くスルーして俺は廊下へ出た。部室棟へと向かいながら上着ポケットから携帯電話を取り出し、古泉にかけてみる。 呼び出し音が繰り返されていたが、俺がいい加減イライラしてくる頃になってようやく、電源が切っておられるか電波の届かないところにおられるか、とオペレーターの声がした。 「ちっ」 舌打ちしてみるがそんなに悲観すべきことではない。むしろ確信を得られたと喜ぶべきことである。 冬に変わった世界でハルヒに電話してみたときは『この電話番号は現在使われておりません』となっていたが今は違う。単純に古泉が電話に出られない状況にあるだけだ。電波の届かないところってのは何だ、閉鎖空間のことだろうか。 ところで閉鎖空間内にいるときは圏外になるのだろうかと素晴らしくどうでもいいことを考えながら、俺は役立たずの携帯電話をポケットにしまった。黙々と旧館部室棟へと足を運ぶ。 頭の中はすでに白くなりかけている。早くも考えつかれたが、それでもSOS団部室には気がついたら到着しているのだからこれはもう慣れ以外の何者でもないだろうね。 かつての文芸部室、今はSOS団の管理下にある部屋。 ここに以前のように長門がいないのは解っているが俺には希望を捨てることはできん。長門がそこにちょこんと座っているのならばそれほど嬉しいこともないだろうが、そうでなくても手がかりがあるやもしれない。大量に蓄積された本のどれかに栞が挟まっていて、裏に明朝体で文字が記されているかもしれないだろ? 俺はひとたび呼吸を整え、あえて何も考えないようにしてドアノブに手をかけ、扉を開いた――。 目を閉じて扉を開き、二秒くらい経ってから目を開けるなんてもっともらしいことをするつもりはない。したがって俺はすぐさまその光景を凝視した。 「こりゃあ――」 人の姿はなかった。 隅々まで見ても、掃除ロッカーに隠れていたりしない限りこの部室には俺しかいない。長門はいなかった。 その代わり、見慣れた光景がそこにあった。 七夕の竹、朝比奈さんのコスプレセットがかかったハンガーラック、ボードゲーム各種、パソコン。中央の最新機種の隣には「団長」と書かれた三角錐。その他主にハルヒが持ち込んだ雑多な物品が狭い部室を飾っていた。 これだけは間違いない。ここは零細文芸部ではなくSOS団である。そうでなけりゃ、どこの文芸部員がこんなもんを持ち込むのだ。 ならば昨日見たままの光景か……、と一瞬思いそうになったが。 「いや」 喜ぶのはまだ早かった。何の疑いもなく喜ぶと違ったときの落差のせいで余計にショックを受けるものだから俺はまだ喜ばなかった。それに、ここは何となく違った雰囲気がしていた。 違うのだ。この違和感。あるはずのものがないという、この違和感。 俺は再度目を走らせた。この部室に入っているものを答えろといわれたら、俺はカンペなしでも物理の試験以上の得点を取る自信がある。さあ、この違和感の正体は何なんだ。 朝比奈さんのコスプレ、古泉のボードゲーム、ハルヒの団長机。そして長門の……。 部屋の隅に設置されている本棚に歩み寄ると答えが解った。 本が圧倒的に少なかった。 本棚に収まりきらないほどあった長門のハードカバーが半分以下しかない。本棚はガラ空き状態である。おそらく最初から文芸部に備え付けられていたものしかないのだろう。俺だってそのくらいの推理はできる。ここでハードカバーを読むような人間は、ここには存在していなかったらしい。 脱力した。いろいろあるように見えて決定的に大事なものはない。 どこかに腰を降ろそうと見回すと、窓辺のパイプ椅子もないことに気づいた。長門の特等席であったはずの椅子もなくなっていた。あるのは長門以外の団員の所有物だけ。 いや、まだ何か残っているはずだ。昨日、まだ長門がいた部室で俺たちは何をやった。 二週間前倒しの七夕である。 俺はとっさに振り向いて竹を確認した。鶴屋さん印の竹には、いまだに団員分の願い事が吊してある。長門も昨日、このどこかに願い事を吊していたはずだ。 ――が。 「……タチの悪い冗談だ」 俺はさらにうなだれた。 ハルヒ、朝比奈さん、俺、古泉の願い事は脳天気にも昨日吊した場所で夏の風にそよそよと揺られている。当然である。昨日あったんだから、よほど物好きな泥棒が盗まない限り今日もここにあるはずだ。 それなのに、長門の短冊だけが忽然と姿を消していた。 はっきり言って気味が悪い。 物好き泥棒説なら即座に放棄できる。そんなヤツはいない。谷口だってそんなマニアックな趣味はない。 それは、長門がSOS団で活動していなかった証拠だった。 * はたして、情報収集の結果はまったく芳しくないものであった。 休み時間終了間際になってようやく動く気力を得た俺は、とりあえず本棚に収まっていた本を片っ端からめくってみた。時々栞がはさまっている本があったものの栞をひっくり返してもはたいても透かしても文字などは一切見えてこず、いたずらにストレスを蓄積するだけの時間であった。 もちろんパソコンの電源も入れた。どのパソコンもごく普通に起動してくれ、いつぞやの閉鎖空間みたいな長門からの直接メッセージはなし。MIKURUフォルダやネット上を探せばSOS団サイトは存在していたもののディスプレイは画面を淡々と表示するだけで、ようするにあったから何だという話である。 そんなこんなで俺が二年五組の教室に駆け込んだのは教師が入室するのとほぼ同時であり、何も収穫がなかった割に肉体的精神的疲労だけがむやみに溜まったのだった。 午前の部の授業は俺が何かを考えていたり何も考えていなかったりするうちに終了した。 無論考えていたのは授業の内容ではない。高校生としてそれを無論と言っていいものなのかと思うが、俺に付属する修飾語に「一般」というこの上なく貴重な二文字が失われかかっているのだから、社会に出てから役に立つとも思えない微分積分の授業を聞いたかどうかなんてのはノミとダニの区別がつくかつかないかくらいに些末でおよそどうでもいい問題に過ぎないのだ。 時は順当に過ぎ、昼休みが巡ってきた。 「おいキョン、どうしたんだそんな能面みたいなツラしやがってよ。暗いぞ」 谷口と国木田と席を寄せ合ってはいるが、それはまさしく形だけであって俺は一人猛スピードで弁当を胃の中に突っ込んでいた。 「うん。僕も谷口に同感だよ。能面、ってのが暗いって意味で使われてるとしたらね。キョン、どうかしたのかい」 「いや、さっきからどうも頭痛がひどくてな。ついでに喉が痛くて腹も痛くて吐き気もするし目眩もする。これはちっとまずいかもしれん」 「ふうん。症状がそんなにたくさん現れるのは珍しいね。それに、吐き気がするのにそんなに早く弁当を食べられるのもすごい」 国木田が豆を一粒ずつ口に運びながら言った。 「おう、どうも変な症状でな。今までにないパターンの風邪だな」 早退をクラスメイトにほのめかしておくのはそれなりに重要な作業だと思っているが、こんな演技で騙されてくれるとも思ってないしそもそもこの二人にほのめかしたところで効果があるとも思えん。 どうでもいいやとっととフケよう。 そう考え直してタイミングを見計らっていると谷口がバカにしたような表情で、 「ああそうだな。てめーの病気の症状は涼宮にも聞かされたぜ。それはお前、風邪じゃなくて精神病なんじゃねえのか。涼宮もそう言ってやがった」 ハルヒが? 何で? 「ああっと、いつだっけな。たぶん二時限目が終わったあたりの休み時間だと思ったがな。とにかく、お前が教室にいなかったときに涼宮がいきなり俺のところに来てよ、長門有希って誰だって訊いてきやがったんだ。訳わかんねーよな」 「あ、それ僕も同じことを訊かれたよ。長門有希って女子に心当たりはないかって」 「何て答えたんだ。というか、お前らは長門有希を知ってるのか?」 朝比奈さんが正常の記憶を持っていたのだからと多少の期待をしていたものの、谷口と国木田の表情を見る限りでは期待したほうがバカだったと思わざるを得ない。 案の定、我が同窓生二人は俺の顔をまじまじ見ると同時に、 「知らねー」 「知らない」 「そう言ったら涼宮が俺に向かってグチをたれてきたがったんだ。独り言のつもりだったのかもしれんが、俺にはちゃんと聞こえてたんだからグチでいいはずだよな」 俺は心の中で舌打ちを連続させながら谷口のセリフを聞いた。 「すんげー不機嫌な顔して、彼女の自慢話かしらとか言ってやがったぜ。あるいは精神病だとも言ってた。俺は精神病の可能性を取るね。哀れにも涼宮と愉快な仲間たちの一員になっちまったお前が、今まで正気でいられたほうがおかしいくらいだぜ」 それは朝比奈さんがSOS団にいてくださったからという理由に尽きる。そうでなかったら去年の今頃、俺は投身自殺でも図っていたに違いないだろう。 まあ今は違うけどな。そんなのは考えてるヒマもないし、そうするには俺はちょっと深入りしすぎてしまったらしい。だったらすべてのオチがつくその日まで付き合ってやるよと俺が思うようになっているのは開き直りの一種なのかね。 俺は悟りの境地に達した仙人の思考をトレースしながら弁当箱を片手に立ち上がった。 「突然だが谷口と国木田。俺は今日は早退させてもらいたいと思う。どうも調子がよくなくてな。この暑さでアフリカから遠征してきたハマダラ蚊に刺されでもしたのかもしれん。岡部にはどうにか弁解しておいてくれ」 「うん。でもねえキョン、何の理由があるか知らないけど、サボるつもりならもう少ししっかりした嘘をついたほうが僕はいいと思うな」 うるせえ。気づくのは勝手だが口に出すのはやめてくれ。 「それとハルヒにも伝言を頼みたいんだ。すべてお前の誤解だって伝えてくれ。あれは彼女なんかじゃないとな。そのほうが何かと後のためになるような気がする。ついでに、今日の部活は休ませて欲しいと言っといてくれ」 「ああ?」 谷口のフヌケた声をバックに聞きながら俺は鞄をつかむと弁当箱とその他を押し込み、そそくさと教室外に逃亡した。 誤解は恐ろしいものさ。この意味不明な状態に加えてハルヒによる世界改変でも行われたらたまったもんじゃない。俺はあまり肯定したくはないが、俺たちの間にはそういう暗黙の認識らしきものがあるみたいだからな。それが何かってのは訊くなよ。ルール違反だ。 * 最初に向かったのは生徒会室である。ただし朝比奈さんと一緒ではなく、俺一人で。喜緑さんの正体を知らないだろう朝比奈さんと一緒に行っては何か不都合がありそうな気がするのでね。もっとも長門レベルのパワーを持っているのならそのくらいはどうにでもしてくれそうなものだが。 職員室の隣にある生徒会室には何のトラブルもなくすんなり到着した。 思い返してみると、ここに足を踏み入れるのは実はまだ二回目である。古泉の学園内陰謀モドキで文芸部冊子の作成を言い渡されたときが一回目であり、あの時は喜緑さんが生徒会室で議事録を広げていた。 無論、今回もまたいてくれるとは限らん。彼女が長門と一緒にどこかに行っちまってる可能性を否定することはできない。 しかし試すだけの価値はある、と俺は思っている。どうせ俺がアテにできる存在など数えるほどしかないのだ。シラミ潰しに回ったってそんなに時間もかからんし、それなのにわざわざ喜緑さんを避ける必要なんざどこにもないからな。 古泉によると喜緑さんは長門の目付役であり、宇宙意識の中では穏便派でSOS団の味方らしい。長門はいなかったが、彼女はいたり、あるいはいなくても何らかのメッセージを残してくれていることも考えられる。 俺は生徒会室の扉をノックし、入りたまえという声がするのを聞いてからドアノブに手をかけた。 「む、何だキミか」 俺の耳は部屋に入るなり一番に白々しい声を察知し、俺の目は眼鏡をかけた男の姿を捉えた。 いたのは生徒会長だった。 「と、振る舞う必要もねえな。どうも最近、猫を被っていると本当に猫になっちまいそうで困った。普段、この口調で喋ってもいい奴が少ないからな」 会長はダテ眼鏡をはずすと足をテーブルの上に投げ出した。俺は不良会長を無視して喜緑さんの姿を探すが、見あたらない。ただ、議事録だけが脇のテーブルに無造作に置かれていた。 「お前、何の用で来たんだ? 用もないのにこんなところには来ないだろう。またあの騒がしい女のパシリか?」 「あーいえ、用があるにはあるんですが、その前に一つお訊きしてもいいですかね」 会長は無言で促した。 俺は喜緑さんのつけていたはずの生徒会議事録を手にとってパラパラとめくりながら、 「この生徒会の書記の人の名前って解りますか?」 訊くと、会長は露骨に面倒くさそうな顔をしていたが、一応といった感じで俺の訊いたことのない名前を言った。喜緑さんではなかった。 「そいつがどうかしたのか? 何かお前の団で企んでるつもりならこっちにも詳細説明をくれよ。そうでなきゃ三文芝居にもなりゃしねえ。敵に回すのはお前んとこの団長とやらだけで充分だ。部室の永久管理を認めてくれとか、そういうのか?」 「別に何も企んでませんよ。文芸部室なら間借りで充分です」 しかし会長はまだ言い足りないといったふうに指でテーブルをコツコツ叩くと、 「あんな部室はな、本当なら面倒だからとっとと引き渡してやりたいくらいなんだ。そもそも文芸部員なんか最初っからいなかったんだから被害者もいねえじゃねえか。それを何で俺が引っかき回すようなことをしなけりゃならねえんだ」 被害者なら長門こそが最初にして最大の被害者だが、この学校には長門がいなかったことになっているのだ。どうやらハルヒは一年の春に無人の文芸部室を乗っ取ったことになっているらしい。 「それなら古泉によく伝えておきますよ。で、申し訳ないんですがもう一個質問をさせてもらえますかね」 「何だ」 「喜緑江美里という女子を知ってますか? たぶん三年にいると思うんですが」 「知らん」 会長はあっさりと答えた。 ダメだったか。 俺は再び深い谷底に落ちていくような感覚に襲われた。 長門と一緒に喜緑さんも消えている。そんな確信を持った。 会長が嘘をついているとか、単に同学年にいるけど喜緑さんを知らないだけとかいう可能性はかなり低い。だったらなぜ喜緑さんが生徒会にいないのか説明できないからな。全校生徒に長門や喜緑さんを知っているかと調査したところでおそらく誰もが首を横に振ることだろう。 俺は不審者を見るような会長の視線を受けながら焦燥と共に議事録のページを繰る。ここにヒントメッセージか何かがなければ、俺や朝比奈さんだけでできることなんざ相当限られてくる。 議事録を埋めているのはいずれも乱雑な筆致の文字ばかりだった。まれに読めないものもある。喜緑さんがどんな字を書くのかは知らないが、さすがに彼女のものとは思えないような雑字だった。 「これ書いたの、全部書記の人ですよね」 「そうだな。そりゃいいが、お前ここに何しに来たのかとっとと答えやがれ。場合によっては叩き出すぞ」 別に俺は構わん。こんなタバコの煙が充満したような部屋にいたがために将来ガンにかかって死んだなんてことにはなりたくないのでね。せっかくだから議事録と一緒に叩き出してくれ。 「議事録に目的があるのか? 変な野郎だ。言っとくけどよ、中身を見てもてんで真面目なことしか書いてないと思うぜ。そんなもんいくらでもコピーを撮ってやるから早いとこ出てけ。こちとら気分よくフカせねえだろ」 会長はタバコを片手に俺の肩越しに議事録をのぞき込んだ。挑発するようにタバコの煙を吹きかけてくる。 しかし本当に何にも面白くないことしか書かれていない議事録だ。議題なんて大仰に書いてあるが、本当に議論したかどうかも怪しいね。 そうこうしているうちに議事録の残りページは減っていった。 「さあ、もういいだろう。昼休み中こんなことして過ごすつもりか?」 「いえ、こっちにも約束があるので昼休み中ずっとというわけにはいきませんよ。なんなら、本当にコピーでも撮らせてもらいます」 会長はふんと鼻を鳴らして馬鹿らしいと言い、椅子に腰を降ろして二本目のタバコに火をつけた。 「どうでもいいが、あのバカ女だけは呼び寄せるなよ。タバコなんかやってるところを見られでもしたら古泉の取りはからいも一切なくなっちまう」 ならやめればいいのだ。タバコは身体に毒ですよってよく言うじゃな――。 俺は息をのんだ。議事録を持っている手ががくがくと震えだし、眼球が釘付けになった。 筆跡が急にきれいになっているページ、いや、一文を見つけたのだ。議事録の最後のページ。そこだけがしっかりと読める文字だった。 「どうした?」 俺は驚愕を隠せていなかったのだろう、会長が怪訝そうに訊いてくるが今は無視だ。脳の全勢力を文字の解読に傾ける。 きれいな文字――喜緑さんであろう筆跡のそのページには、たった一文こう書かれていた。 『password・すべての始まりを記せ』 一字一字丁寧に書かれていた。愛の告白でもするかのような、優しくて柔らかい字で。 パスワード。 間違いない。イタズラ書きでも何でもなく、これは俺にあてたメッセージだ。おそらく喜緑さんが書き留めてくれたのだろう。そのはずだ。こんなのは議事録に記すような内容ではない。 パスワード、すべての始まりを記せ。 しかし、波が退いていくように俺の頭から興奮の感情が収まっていくと、そこにはさながら波が運んできたクラゲの死体のように、ただもやもやとした疑念が残った。 長門だけの特徴かと思っていたら、何だろう、宇宙人にはメッセージを短くする趣味でもあるのだろうか。はっきり言ってこれだけでは解らん。 何だってんだ。 パスワード。すべての始まり。記せ。 パスワードってのは何だ。どこのロックを解除するためのパスワードなんだ。 それにすべての始まりとは何なんだ。何の始まりなんだ。 記せ? どこに記せばいい。この議事録か、それともどこか別の場所か。 それに期限はないのか? 冬のときのように二日後までにしなければならないとかいう制約が。 全然ダメだ。文の量の少なさを呪うわけではないが、ロックをはずすための情報が不足しているのは事実である。これでは何一つとして解らない。 「会長さん、これちょっとお借りしますよ」 とりあえず、俺はうわずった声で会長に告げて議事録を閉じた。マジでコピーを撮っておく必要がある。 「ああ? 何だ、本当に面白いモンでも見つけたのか?」 ええ、見つけてしまいましたよ。あいにくあなたには何の面白みもないでしょうが。 すっかりシラけきったような顔をして俺を見る会長の視線を背中に感じながら、俺は議事録を手に生徒会室を出た。 どこのパスワードなのかはさっぱり解らんし、これといって見当がついているわけでもない。 しかしこれは大きな一歩に違いないのだ。 これがどんな意味を持っているにしろ、これを辿っていけば何か確かな手応えに突き当たるはずである。冬のときは鍵で、今回はパスワードか。 いるんだよな長門、このメッセージの先には、宇宙人の力を持つお前が。
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山にこもって半年が過ぎた。なにも考える必要のない生活というのは大層ヒマでつまらないものだったけど、それにももう慣れたし、これはこれでいいものだと思えるようになってきた。 今日も朝起きて歯を磨き、朝食を食べて山に入り、チェーンソーに混合ガソリンをさして仕事に取り掛かった。 いつも通りの、平穏で静かな時間がながれる。 杉にチェーンソーの刃を食い込ませてしまい抜こうと躍起になっていると、遠くから人の藪をかきわける足音が聞こえてきた。隣の炭焼きの谷口さんだろうか。今日こっちへ来るって言ってたから、たぶん間違いないだろう。 あの人は年季がはいってるから、上手に刃を抜いてくれるかもしれない。 ハルヒ「谷口さん」 キョン「ハルヒ、こんなところにいたのかよ。探したぜ」 ハルヒ「キョン!? あなた、なんでここに?」 キョン「お前を連れ戻しにきたに決まってるだろ」 ハルヒ「……なんでよ。放っておいてよ」 キョン「2年前、お前がどうして蒸発したのか、その理由がわからない。会って1年ちょいの付き合いだったけどさ、事情くらい教えてくれてもいいんじゃないのか? それが知りたくて、追ってきたんだ」 ハルヒ「ば、ばかじゃないの? それだけのためにこんな山奥まできたって言うの?」 キョン「そうだ。俺はバカだからさ。どうしても諦められないんだ」 ハルヒ「もう放っておいてよ! 私が出てった理由なんてどうでもいいじゃない」 キョン「どうでもよくない。それに、理由を知りたいのは俺だけじゃない。みんなそうだ。古泉も朝比奈さんも長門も、この2年間どんな思いでお前を探してきたか分かってるのか?」 ハルヒ「知らないわよ! そんな勝手な、あんた達の理屈を私におしつけないでよ!」 キョン「放ったらかしかよ!? 俺たちのこと。俺のこと。俺はな、お前がいなくなってからようやく悟ったよ。俺、お前の言うとおり馬鹿だからさ。気づかなかったんだ。ただ漠然と感じてはいたんだけど、俺」 キョン「俺、お前のこと、好きなんだ」 私はまた逃げ出した。アイドリングするチェーンソーをその場に残し、山道を駆け上っていった。 好き? キョンが、私のことを? そんなことあるはずない。 ハルヒ「いい加減なこと言わないでよ! あんたが好きなのはみくるちゃんなんでしょ? 適当なこと言って私を騙そうったってそうはいかないわよ。もう騙されないんだから。私は」 キョン「騙してなんかいない! 確かに朝比奈さんのことは好きだけど、それはなんていうか、恋愛感情というよりも憧れというか、父性本能というか……よく分からんが、純然たる恋愛感情でないことだけは確かだ! 誓っていい!」 ハルヒ「………」 キョン「なあ、分かってくれよ」 ハルヒ「本当に、私のことが好きなの? 嘘じゃないの?」 キョン「ああ。嘘じゃない。もし嘘だったら、お前の商売道具で切り刻まれたっていい。本当だ」 ハルヒ「そう……なんだ」 ハルヒ「……本当いうとね、私も好きだったのよ。あんたのこと」 キョン「………ハルヒ…」 ハルヒ「でもね、見ちゃったのよ。あの日。2年前のいつだったか。校舎裏でたまたま、あんたとみくるちゃんが抱き合ってたの」 キョン「あれは……その、違うんだ。朝比奈さんが元の時代に帰るからってお別れに……いや、なんでもない。ともかく、あれは違うんだ。恋愛感情からの行動じゃない」 ハルヒ「ほんと?」 キョン「本当だ。俺が好きなのは、お前だけだ」 ハルヒ「嬉しいわ。あはは。私たち、実は両思いだったんだ…」 キョン「ハルヒ。……積もる話もいろいろあるだろうしさ。とりあえず帰ろうぜ。こんな山の中じゃ、ゆっくり話をする喫茶店もないしさ」 ハルヒ「……でも、ダメよ。帰って。もう二度と私の前に姿を現さないで。あなたが本当に私のことを愛してるんだったら」 キョン「何故だ!? お前は俺が朝比奈さんと抱き合ってるのを見て勘違いして、あ、いや、あれは俺が悪いんだが、とにかく誤解は解けたんだ。もう厭世する理由もないだろ?」 ハルヒ「……重いのよ。私には。2年前の私なら十分あなたの気持ちに応えられただろうけど、今の私には、そういう感情は重荷にしかならないの。苦しいのよ」 キョン「ハルヒ……」 山の中を逃げ回る私。それを追ってくるキョン。変な状況よね。心底そう思うわ。これがお花畑か麦畑ならロマンチックだったんだろうけど。 私はもう誰の期待にも応えたくない。辛いから。 追ってこないでよ。そうやって私に気をもたせて。どれだけ私が苦しんでるか分かってるの? あなたの期待に応えたいという自分と、あなたにもしも裏切られたらと無意識的に思ってしまう私の、狂おしいほどの葛藤がどれだけ辛いことか。 こんな苦しくて、胸が張り裂けそうなほどに悲しい思いをするくらいなら、いっそ…… ハルヒ「来ないで!」 キョン「待て、どうするつもりだ!?」 ハルヒ「どうするって、どうするかなんて見れば分かるでしょ。それ以上近づいたら、私はここから飛び降りるわ」 ああ、私ったら。まだこんなに。こんなに苦しむほど、 この人のことが好きだったんだな。 キョン「どうしろって言うんだよ!? もう、俺はお前と離れ離れになるなんてイヤだぜ」 ハルヒ「近くにいるよりも、互いに離れたまま良い思い出として胸にしまっておいた方がいいことも、あると思わない?」 キョン「お前にとっては迷惑でうっとうしい俺のわがままかしれないが、俺はそうは思わないな。勝手な言い草だとは分かっているが、今は言わせてくれ。俺、お前と一緒でないとつまらないんだ! この世のすべてが!」 そうか。 なんだ。どうして今まで気づかなかったんだろう。バカは私だ。 私と同じで、この人も苦しんでたんだ。私とは、まったく正反対の理由で。 もっと早く、気づいてあげたかったな。そうすれば、この人も私も、今頃は…… ハルヒ「ありがとう。キョン。泣けるほどうれしいよ」 キョン「ハルヒ……。俺も、お前の気持ちを考えずにここまで追いかけちまって、悪かった」 ハルヒ「いいよ。別に」 ハルヒ「そういえば昔は、SOS団やってた頃はさ、よくあんたに無理難題ふっかけてたわよね。私」 キョン「まあな。何で俺が、っていつも思ってたけど、今思えば楽しい毎日だったよ」 ハルヒ「無理難題のなつかしい思い出ついでに、最後にひとつ、わがまま言ってもいい?」 キョン「いいぜ。この際だ。最後にひとつと言わず、これからもずっと聞き続けてやるよ」 ハルヒ「ううん。ひとつでいいよ」 ハルヒ「ごめん。私のことは、忘れて。さようなら」 それだけ言って、私は崖の上から跳んだ。 風が耳元でうなり声をあげている。宙で体がのけぞった時に一瞬、キョンが何か叫んでいるのが目に入った。 なにも聞こえなかったけどね。でも、よかった。きこえなくて。 小学生時代から平凡な人生に辟易してきた私は、ずっと不思議でおもしろくて、楽しいことを探してきた。とうとう見つけられなかったけどね。 けど、なんか今、ちょっと楽しいな。浮遊感ってなんか不思議な感じ。 風にさらされて、私の体が半回転した。その時、私の耳に耳障りな風の音以外の声が聞こえた。 キョン「ハルヒッ!!」 ハルヒ「キョン!? 私を追って…? どうして、あんた……!」 キョン「気づいてやれなくて、すまなかった! 一言だけ、俺も言わせてもらおうと思って追ってきた!」 キョン「お前、さびしかったんだな」 伸ばした手を、キョンがつかんだ。 キョン「聞こえたか? 聞こえなかったかもしれないから、もう一回言うぜ。最後まで気づいてやれなくて、ごめん。やっぱお前の言うとおりだったわ。馬鹿だな、俺」 ハルヒ「死んじゃうわよ、あんた! なんで飛び降りたのよ! 飛び降りてまで言うセリフじゃないでしょ!?」 キョン「舌かみそうだぜ……。なんでって、そういう気分だったからさ。お前を放っといて、のうのうと帰れるかよ。お前の尻拭いをするのは、雑用係の俺の役目だろ? いつだって」 ハルヒ「キョン……」 キョンが私の肩を強く抱いた。 暖かい。 いやだ。絶対に。 この人を死なせたくない! 神様! 本当に神様がいるんだったら信じてもいい、お賽銭だっていくらでもあげるわ! だからこの人を助けてあげて! お願い! 一瞬なにが起こったのかわからなかった。木の葉のように錐揉みする私とキョンの体が突然、手を離した風船のように宙に浮き上がった。 ジェットコースターで急降下する時、体が風で上に持ち上げられるでしょ。あんな感じ。 キョン「上昇気流か!?」 ハルヒ「じょうしょう……きりゅう?」 呆然とする頭では理解できなかったけれど、下から猛烈な勢いで押し上げてくる空気の塊に流され、私とキョンはその上昇気流に空高く持ち上げられた。 もうどこが上でどの方向が下なのかも分からないくらい、私たちは風にもまれて奔流していた。 そして気づくと、2人して元いた崖の渕に転がっていた。 キョン「……くそ、痛ぇな。アザになってるぜ。助けてくれるんなら、もうちょっとソフトにお願いするよ、神様」 ハルヒ「………私たち……たすかったの?」 キョン「ああ、そうらしい。ここがあの世じゃなければな。まあ、お前と一緒なら俺はこの世でもあの世でも、どこでもいいけどな」 ハルヒ「そっか……」 頭の中が真っ白になって何も考えられなかった。キョンの言っている言葉も理解できていなかった。 でも、ただ一つだけ強く感じられたことがある。 空中でキョンに抱かれた時。あったかかったな。 ハルヒ「人間ってさ。死ぬ瞬間に、今までの人生を走馬灯のように見るっていうでしょ。あんた、見えた?」 キョン「ああ。見えたさ。はっきりな」 ハルヒ「どんなの?」 キョン「朝比奈さんがお茶ついでくれて、長門が本読んでて、古泉がトランプで一人負けしてる走馬灯」 ハルヒ「ふうん」 ハルヒ「ねえ」 キョン「ん?」 ハルヒ「帰ろうか」 古泉「それで帰ってきたんですか。いやはや。一大スペクタクルでしたね」 キョン「ああ。是非お前にも体験していただきたい貴重な出来事だったな。一度どうだ? 人生かわるぜ」 古泉「遠慮しておきましょう。僕は今の人生に満足している方なので。無理して変えようとは思いませんね」 キョン「残念だな。お前にもあの走馬灯を見てもらいたかったんだが」 古泉「昔の映像は自主制作映画だけで十分ですよ。それより、涼宮さんは?」 キョン「店にいる」 ハルヒ「いらっしゃいませ……なんだ、あんたか。よそ行きの声だして損したわ」 キョン「減るもんじゃないだろ」 長門「………いらっしゃい。水」 ハルヒ「で、どうしたの? まだ仕事終わるまで時間あるわよ。まさかカレー1杯で1時間もねばる気?」 キョン「いいじゃないか。1時間くらい。その間、デートコースを考えてるよ」 ハルヒ「分かったわよ。待ってなさい。あんたのために私がインド仕込みのスペシャルメニューを用意してきてあげるから」 キョン「それは楽しみだな。甘めに頼むよ」 ハルヒ「なに言ってるの。カレーは辛くてナンボよ。いい感じに辛くしてあげるから。覚悟しておきなさい!」 キョン「やれやれ……。って、このセリフ言うのも久しぶりだな」 ハルヒ「残さず食べなさいよ。残したら、死刑だから!」 ~完~